Archive for the ‘事件・事故・災害’ Category

人質解放のこと

土曜日, 1月 31st, 2015

このところずっと大きなニュースになっているイスラム国に人質として囚われている後藤さんのことは私もかなり気がかりです

人質をとって要求を突きつけるやり方はフェアじゃないし、一方的すぎるし、何より人の命を盾にとるのはいちばん卑怯だなと思うのだけど、イスラム国の人たちって自爆テロをしたり、自分自身の命を犠牲にしてでもやってやろうっていうハードコアなところがあるから、彼らにとっては人の命が何よりも大切っていうわけじゃないのかもしれないなあと思ったりもします

すでに殺害されてしまったであろう湯川さんのことはもう話題に上らなくなっているのも「うーん」と思う
殺害されてしまってからではなすすべがないのだろうし、まだ生きているであろう後藤さんの解放を優先するのは当然だとは思うけど、湯川さんのご家族はどんな心境なのかと思うと、ちょっと心が痛くなります

ヨルダン人パイロットと後藤さんとどちらの救出を優先するかで議論にもなっていて、同じ人の命なのに優先順位をつけねばならないことにも複雑な気持ちになるし、でもヨルダンとしてはやっぱり譲れないだろうなとも思うし…

アメリカはテロリストとの交渉に乗ること自体に批判的で、私はそれも一理あるとは思うのだよね
こんなことをしていたら、イスラム国はますます人質を盾にあれこれ要求してくるだろうし、「人質を立てても要求は通らない」の一点張りで行けるのなら、イスラム国も行き詰るはず
でも、それじゃあ人質の命が犠牲になってもいいのかと問われると、やっぱり人間として何もせずにいることはできないし、そこがイスラム国が人質を立てる理由でイスラム国の思惑通りにつけ込まれているってことなんだけど、どうにかして助けたい・助けなくちゃっていう気持ちになるのは当然だとも思います

イスラム国やヨルダンと水面下で交渉が続いているのだろうけれど、なかなか情報として入ってこないのは不安を感じるし、でも逐一状況を説明することもできないのもわかるし…
それでもなんとかして情報を得ようとマスコミがあれこれインタビューしたり、ワイドショーなどで状況を予測したり、それも必要なのかもしれないけど、情報が錯綜してしまったり、せっかくの交渉がマスコミの介入によって良からぬ方向へ行きはしないかと心配になったりもします

イスラム国のやっていることはどう見ても感心しないけど、どうしてここまでになってしまったのかを考えると、アメリカだってかなり関わっているはずだし、一方的にイスラム国が悪いとも言えないんじゃないかなあ…まあ今言うべきことじゃないのだろうけど

でも、何よりも私の心に引っかかっているのは、後藤さんが解放された後のこと
以前中東で日本人3人が拘束され、のちに解放されたとき、日本国内で3人に対する批判・非難がものすごかった
「行くなと言われている危険なところに行って多くの人に迷惑をかけた」ことに対する批判は、他の国の人には理解できないことみたいで、海外の友だちに「日本人はどうしてあんなふうに批判するんだ?解放されて無事帰ってきた…それでいいじゃないか」と言われたことがありました
日本人は「すまない」という気持ちと「ありがとう」という気持ちの境目があいまいなだけに、「助けてくれてありがとう」と感謝の気持ちを表すだけでは不十分だと思うのかもしれません
後藤さんは使命感と覚悟を持ってシリアに入ったのだろうけど、自己責任だけでは済まされない事態になってしまって、「どんな理由があるにせよ、やっぱり行かないほうがよかったんじゃないか」という気持ちは私にもあります
ただ、批判・非難する気持ちよりも「無事に解放されてよかった」という気持ちのほうをより強く感じられる人間でありたい、かな?

まだ事態は先が見えず、不安と焦りばかりが募っているけれど、なんとかいい方向に行ってほしいです

昨日の地震のこと

土曜日, 12月 8th, 2012

昨日子どもたちと夕食を食べ始めたとき、ゆら〜っと揺れるのを感じ、「もしかして地震??」とテレビを付けたら東北沖でかなり大きな地震が起き、津波警報が発令されていることを知りました
私が感じた揺れはまさに去年の東日本大震災のときに感じたのと同じ揺れで、まるで大きな船に乗っているかのようなゆっくりで大きくて恐怖を感じました

テレビではアナウンサーが緊迫した声で「高台に逃げて下さい。東日本大震災を思い出して下さい。命を守ることを最優先に行動して下さい。まわりの人たちにも批難を呼びかけて下さい」と何度も何度も呼びかけていました

ただ事でない雰囲気に上の娘は半泣き状態で、下の息子は「怖いよ〜地震来るよ〜津波来て死んじゃうよ〜」とワンワン泣き始めてしまいました
私が「地震が起きたのはここから遠いところだから大丈夫だよ。ここには津波は来ないよ」とテレビ画面に表示されている日本地図を指差して何度も教えましたが、子どもたちの恐怖心はなかなか収まりませんでした

娘が「逃げる準備しておかなくちゃ」と言い、私が「大丈夫だよ。ここには津波は来ないから逃げなくてもいいよ」と言っても納得せず、着替えをバッグに詰め込み始め、息子もお姉ちゃんのマネをしてバッグがパンパンになるまで詰め込んでいました
とりあえず子どもたちを落ち着かせなくちゃ…と思い、私も準備を手伝いました
「食べるものがないと困るね」と娘が言うので、缶詰やお菓子・インスタントラーメンもバッグに入れ、玄関に置いておきました

準備ができて子どもたちは少し安心したようでしたが、しばらくすると息子が「パパがいない。パパが死んじゃう」と泣き始めました
私がなだめてもどうにもおさまらず、だんなさんに電話して声を聞かせることにしました
娘は「お父さん地震大丈夫だった?」と聞き、息子はお父さんの声を聞くと号泣して「パパがいい。パパが好きだもん」とオイオイ泣いてしまいました

正直私は子どもたちがここまでするのに面食らってしまいました
東日本大震災が起こったとき、娘は6才、息子は3才で、まだまだ小さくてわからなかったのでは…と思っていたのですが、あのときに見た映像やただならぬ雰囲気を直感的に感じていたのだと知り、子どもにとっても相当ショックな出来事だったのだと思いました

娘は緊迫したニュース番組を見たがらず、テレビ愛知の「AKB子兎道場」を見ていましたが、津波が気になるようでときどきチャンネルを変えていました

娘が「いちばん困るのはお風呂に入っているときに地震が来ることだよね」と言い、「早くお風呂に入ってチャチャッと出なくちゃ」とまだお風呂の支度ができていないのに入ろうとする始末
いつもはなかなか体や髪の毛を洗わずに遊んでいる子どもたちが昨日は自分からどんどんやっていて、浴室滞在時間10分ほどでした

子どもたちは自らパジャマの上に上着を着て靴下を履いて、夜地震が来てもすぐに逃げられるようにと準備万端
いつ地震が起こってもわかるようにテレビはつけっぱなしにして寝ると言い張りました

子どもたちの行動にはびっくりした私だったけど、でもそのとおりだとも思い、やっぱりふだんから備えていなければ行けないのだと実感
東日本大震災の後、避難用のリュックを2つ作って準備しておいたのに、非常用食料はぼちぼち食べてしまったし、着替えの入ったリュックは二階のクローゼットの中に入っています
これではいざというとき持ち出せないですよね

今回の地震の被害はそれほどでもなかったようだけど、「天災は忘れた頃にやって来る」と言うし、今回はそれを実感させてくれる機会になったと思います
備えているというだけで安心感も生まれるし、私がきちんと備えていれば子どもたちだってあんなに恐怖を感じずに済んだはず…
ちゃんと準備しておかねば…と思ったのでした

それにしてもこんなに寒い夜に地震が起きるなんて、本当に何と言ってよいやら…です
命のためとは言え、凍えるような寒さの中批難しなければならない人たちのことを思うと、かわいそうでなりません
何事もなくてよかった…だけでは済まされないものがありますよね

もし世の中の天変地異を始め、あらゆることを自在に操る神様がいたら、ちょっとひどすぎやしない??と言いたくなります

神様が全知全能だとは思えないなあ…だとしたらあまりにも酷すぎるもの
もし私が全知全能の神様だったら、世の中にいる困っている人を救うようなことをしたいですね
それとも神様はこういう災害を通して人間に何かを訴えたいのかしら?
人間が人間の力と能力におごっていることを嘆き、人間が無力であることを思い知らせたいのかな?
でもだとしたらどうして日本の東北にこんな災害が起こるんでしょうかね…

東日本大震災から1年

月曜日, 3月 12th, 2012

あれからもう1年も経ったのか…と思うほど、あの日の衝撃はまだ脳裏に焼き付いています

あの日、私と息子はお昼過ぎまで母子通園施設で過ごしていました
私が帰る前に保育園から電話があって、娘が何となくしんどそうなので迎えに来てほしいとのことで、有休をとっていただんなさんに迎えに行ってもらいました
午後は家に家族全員がいて、息子はお昼寝、私はちょっと事務仕事、娘とだんなさんはリビングでテレビを見ていました

机に向かっていたらなんだかゆらーっとして、「あれ、めまいかな?」と思い、「疲れてるのかなあ…」と思ったのですが、どうもようすがおかしい…
もしかして地震??と思い、リビングへ直行、「ねえ、地震じゃない?」というと、だんなさんは「え、そう?」と言いながらあたりを見回し、あの電気傘が揺れるのを見て「あ、ほんとだ」と、テレビをNHKに切り替えたのでした

その後、ゆらーゆらーっという大きな船に乗っているような今まで体験したことのない揺れが何度かあって、恐怖を感じながらテレビを見つめていました
テレビでは津波に警戒するよう何度も警告していて、でもまさかそれほどの大惨事になるとは私も思っていなくて、海岸近くで海のようすを見ている人や、海岸沿いの道を行き来する車が映し出されていました
地震発生からずっとテレビをつけ、東北沿岸部のようすを見ていたのですが、海面がゆっくりと静かに上昇しはじめ、「え…?あれ…?うそ…?」と思っているうちに沿岸の車を巻込み、道路へと津波が押し寄せていきました

ライブ中継を見ていたので、車の中にいる人の姿や道路の上にいる人の姿も映し出され、波に巻込まれて消えていくようすも映っていました
まるで何かの特撮映像を見ているのではないかと思うほど、現実とかけ離れた状態に思えました

津波の被害に衝撃を受け、その後は原発事故…放射能という目に見えない大きな問題に祈るような気持ちで日々を過ごしたのを思い出します

大きな災害から1年経って、たとえば阪神淡路大震災のときなど、復興に向けて歩み出しているということを感じたのですが、東日本大震災から昨日で1年経って、やはり原発事故の問題が大きくて、事態が収束し復興に向かっているとは思えないでいます

小学校からメールがあって、3/11の14:46には家庭でも一緒に黙祷をしましょうとのことでした
学校でもそのことは子供たちに伝えられたとのことです
昨日は午後家で過ごし、14:00頃からテレビをつけ、子どもと静かに見ていました
1年前のことを子どもと話し、今もまだ家に帰れないでいる人たちがいることを話しました
下の子はまだ年少さんでわからないかもしれないけど、私や娘が神妙な顔をしているのを感じとったようでした

ずっとテレビを見ていたわけではありませんが、津波が街を襲う映像がテレビで流されることがないと感じました
未だに行方不明の人たちもいるし、あの映像を見ると犠牲になった人たちの苦しみを感じるだろうし、まだまだ復興からはほど遠い状態にあってはあの映像は被災者にとってあまりにも酷なものなのかもしれません
特に被害があったわけではない私が見ても目頭が熱くなることもあるほどだし、被災者にとっては想像もつかないほどのショック映像なのでしょうね…

これまでもいろいろな災害があったけど、これほどまでに人々の心に衝撃を与えた災害はなかったように思います
原発のことがいちばん気がかりですが、被災者の経済的・精神的に支えるような法律やしくみが早く整って軌道に乗っていってほしいと願ってやみません

でも…政治家たちは本当にその危機感を感じているのかしら…?
首相がタバコを何才から吸ったとかなんとか…なんていうどうでもいいやり取りが国会で行なわれていると知って、なんだかなあという気持ちになってしまいます
子ども手当の別名がどうのこうの…とか、「名前なんてどうだっていいんじゃないのかなあ」と思っちゃうんだけど…
解散が先か増税が先かで駆け引きしていたり、結局は政治家の頭の中は政権の奪い合いしか頭にないんじゃないかと思えてくるなあ…

政治って一筋縄では行かないものだろうし、ときには表に出せないような交渉もやらなくちゃいけないんだろうけど、それにしたってどうにかならないもんかしら…と思ってしまいます

喉元過ぎれば熱さを忘れるー東日本大震災ー

土曜日, 4月 30th, 2011

東日本大震災が起こってから1ヶ月半…まだまだ問題は山積みではあるものの、少しずつ復興の兆しが見えて来たように思います
新聞も毎日一面は東日本大震災の記事を決まっていたのが、徐々にそうではなくなり、テレビのニュースもトップニュースから東日本大震災の話題が外れ、政府の人たちが作業着からこれまでどおりの背広姿に戻り、私は四六時中ニュースを気にすることがなくなってきました

福島第一原子力発電所のニュースは明るいものではないものの、地震が起こった後の緊迫した状況とはだいぶ変わって来ています
私がいちばん気になっていたのは原発事故のことだったので、今発表されているよりも悪い状態だということが発表されることはあるかもしれないけど、とりあ えずこれから先今よりも悪い状態に進むことは避けられそうだということと、具体的に対策が考えられていることに一定の安堵感を覚えます

と同時に、自分を含めて人々の大震災への恐怖感が薄れつつあるのを感じます
私に関して言えば、毎日原発事故の状況が気になって気になってニュースをたびたびチェックしていたのが、今は地震が起こる前と同じ程度になっています
地震が発生してから何となく家族が離れるのが心配で、子供が保育園に行ったり、だんなさんが会社に行くことさえあまり気が進まなかったのですが、今は「いってらっしゃーい」と元気に送り出しています
私の住んでいるところも何度か余震で揺れたことがあり、もしここで大きな地震が起こったら…と思うと心配になり、リュックに衣類と食料を詰めて玄関に置い てあったのですが、最近はそのリュックからレトルト食品などをひとつふたつと取り出してはお昼に食べちゃったり、「あー今日はめんどくさいなあ」という日 には夕食用に取り出したりと、非常のために揃えておいたものが少しずつ日常のために使われて行っています

地震が発生して時間が立ち、いつまでもその恐怖心を忘れられずに過ごすことはとてもしんどいし、時間とともにそれらが薄らいで行くのは必要なことだと思います
実際に被災した人たちの中には、まだまだ震災のショックから立ち直れずにいる人の多いのだと思います
そういう人たちが少しでも心の平穏を取り戻し、復興に向けて前向きな気持ちになってくれたら…と願いますし、そのためにもさまざまな支援や協力が行なわれて行ってほしいと思います

ただ…やっぱり「喉元過ぎれば熱さを忘れる」であってはいけないんですよね
政府や自治体はもちろんですが、この大惨事を元にさまざまな対策を練って行くことになると思います
私たち個人個人に求められる防災意識は何なのかを考えると、やはり日頃からの備えに尽きるのではないでしょうか
私みたいに避難用に買ってあったレトルトを食べてしまうようなことではいけないですよね

あのときの恐怖に怯えながら暮らしたり、「いつ地震が起きるかもしれない」という緊張感の中暮らすのはとってもつらいし、正直そんな気持ちをいつもいつも持ち続けるのは不可能だと思います
でも、この体験を忘れては行けないし、対策を講じておかなければならないと思うし、その折り合いをつけることが大切なんじゃないかと思います

取り急ぎやっておこうと思うのは、すぐに避難できるように荷物をつくっておくこと・避難場所を決めておくこと・災害が起こったときに大切な人に連絡する方法をきちんと把握しておくことかな…と思っています

大震災を利用する人たちー東日本大震災ー

火曜日, 4月 26th, 2011

今回の大震災は日本だけでなく海外でも大きなニュースとして伝えられ、多くの人たちが被災者に心を寄せているのを感じます
それらの声は本当に感動すら覚えるほどで、こんなに多くの人たちが日本のことを思ってくれているのだとうれしくなります
日本国内でも多額の義援金を寄付する芸能人やスポーツ選手は多いし、率先して支援活動を行う人たちも多いし、人間ってこんなにも優しい気持ちを持てるのだなあと思い、現代人も見捨てたものじゃないと思いました

そんな中でちらほら聞くニュースに心が痛みます
たとえば大震災発生後、円高になったこと…
こういう災害が起きると円安になるものだと私は思っていたのですが、復旧に多額の日本円が使われることになり、今円を買っておけばその後高く売れるということを見込んでの動きなのだそうです
これを聞いて「なんだかなあ」と思ってしまいました
私は株とか経済全般のことはよくわからないのだけど、体を動かさずしてお金やものを右から左に移動させてお金を儲けましょうというやり方にあまりいい思いを抱いていません
投資することそのものが悪いわけじゃないし、景気の先行きを見る目というのも必要なのでしょうけど、大震災でこれだけたくさんの人が被害に遭い、それを助けよう・どうにかしよう・頑張ろうという思いでいる人たちがいる中で、まずはじめに自分の金儲けに目が行ってしまう人たちが少なくないことにむなしさを感じます

今回の震災で恩恵を被る人たちも多いとは思うのですが、それをどう捉えるかでずいぶん変わってきますよね
「少しでも被災者のためになりたい」と思うのか、「ここぞとばかりに利益を上げてやろう」と思うのか…
私は前者であってほしいと願います

テレビでビートたけしさんが、「慈善事業だと言って名前を売ろうとしている芸能人たちがいる」と言っていたそうなのですが、そういう人もいないわけじゃないのでしょうけど、そんなふうに考えたくないなあと思います
「私にできるのはこれしかないから」と言って芸能活動をするのもわからなくはないものの、「うーん」と思ったりもするわけで、でもそれって捉え方の問題かなあとも思うし…
人が何かいわゆる「いいこと」をしたときは、裏の裏を勘ぐらずにそれをそのままとして感じたいですよね
「本当はそんな気持ちないくせに」とか「いい人ぶっている」とか…そんなふうに感じずにいたいと思ってしまいます

政治の世界はどうなんでしょうか
この大震災の最中に政党の支持率を気にしたり、政権奪還を模索している人たちは多いのでしょうか
この非常事態にも関わらず、政党を越えて全面協力というのがあまり感じられないのですよね
「全面的に協力する」と口ではいいながらもそれぞれの政党の権力争いを模索しているような様子を見ているようなそんな感じがしてしまいます
私は政治のことは正直よくわかりません
今民主党が政権を取っていて、いろいろと批判されていますが、その批判が当然なものなのかどうかもわからないでいます
政治を主導することに不慣れなためにうまく行っていない部分はあるようには感じますけどね…
かつて自民党が政権を担っていたときにもいろいろ批判があったようですが、そのときのことを思い起こすと「どっちもどっち」という気がしてしまうし、トップに立つものは批判される運命にあるような気がしてしまいます
でも、今は民主党がリーダーシップを取ってやっているときなのだから、かつて政権を取っていた自民党は「批判」じゃなくて「助言」や「協力」をしてほしいなあと思うんですよね…そういうのは無理なのかなあ…

これからの日本はどうなるんでしょうか
人間はなんだかんだ言っても自分がいちばんかわいいものでしょうから、自分のことを考えてしまうのは仕方ないのかもしれないけど、大震災をきっかけに見えた人々の思いやり・やさしさ・強さに水をさすようなことはあまり多くあってほしくないと思います

被災地でのモラルー東日本大震災ー

金曜日, 4月 22nd, 2011

東日本大震災のニュースは海外でも大きく取り上げられたようですが、中でもこのような大きな災害が起こったにもかかわらず、暴動や略奪が起こらないことに対する称賛の声が特徴的だったと思います
たしか阪神大震災が起こったときにもそのようなことが海外メディアにより伝えられていた気がします

このような報道を聞いて、私には「そうなのかな?」という思いと、日本人であることを誇りに思う気持ちとがありました

「そうなのかな?」と思ったのは、なぜ暴動や略奪が起こらないかに対する海外メディアなりの説明に対してです
NYタイムズでは
「商店の襲撃や救援物資の奪い合いが見られず、市民が苦境に耐えていたことに感嘆」
「日本の人々には真に高貴な忍耐力と克己心がある」

BBCワールドニュースでは
「他の国ではこんなに正しい行動はとれないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある」

と言った感じでした

一人の日本人として、「日本人は忍耐力や克己心があるなあ」と感じることってあんまりないので、そんなふうに言われてもあまりピンと来なかったのですが、日本人全体から感じられる気質にはそういうものがあるのかもしれません
日本の中にいるからわからないことで、外から見るとよくわかることってありますよね…そんな感じなのでしょうか

日本人は「自分の意見をはっきり言わない」とか「何を考えているかわからない」とか「いつも他人と同じ行動をする」とか言われることがあり、私もそれは「たしかにそうだなあ」と感じることがありました
私はそういう部分は日本人の短所だと思っていたし、そういう日本人的なところはあまり好きではなかったし、自分はそうはありたくないという思いもありました
たぶん、4年間海外で過ごしたことが大きかったんだと思います
でも、今回の大震災での日本人への称賛の声を聞き、日本人の「自分の意見をはっきり言わない」とか「何を考えているかわからない」とか「いつも他人と同じ 行動をする」とかいった行動と、大震災で暴動や略奪が起こらず、人々が冷静に行動していることは同じ要素を含んでいるのではないかな…と思いました

日本人がなぜ自分の意見をはっきり言わないか…それは他の人の意見を思いやる気持ちがあるが故だと思います
自分はこうしたいけど、自分はこう思うけど、でも他の人はそうは思わないかもしれない…私が自分の意見を主張したら自分の意見を言えなくなってしまう人がいるんじゃないか…そんな心理が働いて日本人は自分の意見をはっきり言わないのだと思います
災害で起こる暴動や略奪は他の人を思いやる気持ちよりも自分のことばかりを考える気持ちのほうが強くなって起こることですし、日本人にはこのような大災害 にあっても他の人を思いやる気持ち…つまり「たいへんなのは自分だけじゃないんだ」ということに気づき、感じることができるからなのではないかと思いまし た

そんなふうに考えると、今まで私が日本人のマイナス面だと思っていたところも、見方を変えれば長所なのだと思えるし、そういう他人を思いやることのできる日本人の性格を誇りに思います
私は実際に災害に遭ったわけではないし、実際どのような行動を自分がするのかなかなか想像できませんが、何をするにも自分のことよりもまわりのことが気になるだろうし、自分のためだけの行動をするときはどこか後ろめたい気持ちになるのではないかと思います

海外に住んでいたとき、こんなことがありました
日本人ばかりの中に一人他の国の友だちがいると、日本人は決して日本語をしゃべろうとせず、その友だちも理解できる英語で話します
でも、他の国の人ばかりの中に一人日本人がいるとき、たった一人の日本人を思いやって英語で話そうなんてことは起こりませんでした
他の国の人たちは言葉がわからずに楽しめないでいる人がいるなんてことに全然気づいていないみたいで、「具合でも悪いの?」「ずいぶんおとなしいのね」なんて言ったりする(笑)
この感覚のほうが私たち日本人には理解できないですよね

日本人はもっと自信を持ってもいいんじゃないかなあと思います
平和ボケしているなんて言われるけど、平和なのが当たり前の国なんてステキです
いつでもどこでもスリに気をつけるのが国際的常識なんていうけど、そういった犯罪が起こることが当たり前だと思うほうがやっぱりおかしいと思います
日本を、日本人を、私は心から誇りに思えるようになりたい…そう思いました

震災のニュースが子供に与える影響ー東日本大震災ー

水曜日, 4月 6th, 2011

地震が発生してからずっとテレビをつけっぱなしだった我が家…
地震のことが気になって気になってテレビを消すことができませんでした
私たちが見ていても何がどう変わるわけではないのに、見ていないともっとたいへんなことになってしまうかのように思えてきて、テレビから目が離せませんでした
だんなさんとの会話も地震と津波と原発事故のことばかりでした
当然子供との会話は激減していました
話すことと言えば「ごはんだよ」とか「お風呂だよ」という必要最低限のことや、「もしここで地震が起こったらどうするか」とか「避難所はどこにしようか」と言った話題ばかりでした

しばらくしたら6才の娘が「地震のテレビばっかりでやだ」と言いはじめました
それでも「他の面白いテレビはやってないよ」と言ってニュースばかり見ていました
そのうち娘が怖がってめそめそ泣きはじめ、これはまずいと思い、テレビを初めて消して…でも気になってまたつけて…というのの繰り返しでした

そんなときに見つけたこの記事…
親野智可等さんのブログに書かれていたものらしいです

地震の被害が予想以上に大きくて、毎日繰り返される映像にショックを覚えるほどです。被災地の情報を知らなくては…とTVを見る日々ですが、小さな子供にとってその映像はどう映っているのでしょうか?

親力1376より
緊急でお知らせしたいことがあります。
以下は、小児科の医師turubabaさんのツイッターからの引用です。
【子供さんのいるご家庭はニュースを見るのはやめましょう。子供たちの顔を見ていてあげて、話しかけてあげてください。今は大丈夫でも、ストレスにより、後で熱を出したりおなかを壊したりするかもしれません。
今日の診療中、ストレスを抱えている子供たちが多数受診。
皆さん、テレビを消しましょう。せめて、楽しい番組の録画を見せてあげましょう。みんな目がきょろきょろして落ち着きがなかったです。
診察中、個室でお気に入りの映像を楽しめるのでみんな目がきらきらしていました。うれしそうにビデオを見ていました。
診察終わっても帰りたがらない子が多いのです。おうちでは楽しいビデオを見せてあげましょう。情報はインターネットでどうぞ。
地震、津波、原発に関するテレビ番組をこの数日間ずっと見ていたご家庭も多いと思います。それによって、かなりのストレスを溜め込んでいる子どもも多いと思われます。子どもたちへのご配慮をお願いいたします。
災害や事故で命をなくしたり家族をなくしたりすることについて、不安を感じている子も多いと思います。そういうことを話してきたら、まずは「こわいんだね。心配なんだね」と共感的にたっぷり聞いてあげてください。
その後で、「だいじょうぶだよ」と言って安心させてあげるといいと思います。抱きしめてあげるのもいいでしょう。とにかく、安心して安らかに過ごせるようにしてあげてください。】

これについてのご感想を紹介させていただきます。
【「親力で・・・」No1376の内容、はっとさせられました。
同じ日本の中でこんな大変なことが起きているから、目をそらさず見なくては・・・!と思い週末ずっとテレビを見ていました。子どもも一緒に、です。「いつもの番組やらないんだね」という娘の言葉にも、「こんなときに何言っているの!」と叱ってしまいました。
でも反省しました。大人にもショッキングな映像、子どもの心にはどのように届いていたのでしょう・・・私の周りの親たちにもぜひ知らせたく、ブログに引用させていただきます。

日本中の親御さんたちが同じ気持ちでいると思います。「目をそらさず見なくては。子どもにも見せなくては」という気持ちです。こういう気持ちはある 意味大切なことだと思います。でも、子どもについては一定の配慮が必要です。というのも、子どもは大人と同じようにはいかないからです。
一言で言えば、刺激やストレスに対する抵抗力が弱いのです。たとえテレビや新聞の映像であっても、その刺激やストレスが過度になればPTSD(心的外傷後ストレス障害)に近いものが出る可能性がないとは言えません。
大人にとっても今まで経験したことのないようなショッキングな映像なのですから。そして、大人ですら体調がおかしくなったり元気がなくなったりしている人がいるくらいですから。】

これを読んで、ずっと地震のニュースから目が離せずにテレビをつけっぱなしだったことが娘にどれだけのストレスを与えてしまっていたのだろうかとはっとしました
我が家はNHKばかりだったのでCMもなかったし、朝から晩までずっと地震地震地震でした
津波や地震の映像は大人が見てもショッキングなものばかりで、私も涙なしには見られない状態で、子供にとってはそれ以上に衝撃的だったのかもしれません
私たち親がショックを受けているのも子供は感じていたでしょうし、それを何時間も目の当たりにさせてしまったことは本当にかわいそうだったと反省しています

地震から一週間経ったあたりから普通の番組が始まり出し、私としてはまだ収束していないなのに…という思いがあったのですが、「仮装大賞傑作集」と「ドリフ傑作集」を見た子供たちが大喜びしているのを見て、久しぶりに子供の笑顔を見た気がしました
賛否両論はあるかもしれないけど、地震のことを忘れさせるような番組も必要なのかもしれません

東電の作業員が被曝ー東日本大震災ー

土曜日, 4月 2nd, 2011

東京電力福島第一原子力発電所3号機のタービン建屋内で作業員3人の被曝したニュースを聞き、こんなに緊迫した事態に何をやっているのかと憤りを覚えました

はじめは東京電力側がタービン建屋内の放射能量をきちんと確認していなかったとのことでしたが、実は通常時に比べて異常に高い放射線量があることを確認しながら、東電は作業員に注意喚起をしていなかったことがわかり、「どういうこっちゃねん!」という思いです

実は、いつだったか…まだ原発事故が一段落していなかったときに、中日新聞に福島原発の作業員の記事が載っていました

地鳴りのような音がした、立っていられないほどの揺れがきたのは、1号機地下1階にいた時、原子炉からタービンにつながる 配管の点検中。直後に照明が消え周囲は真っ暗。現場監督が「落ち着いて」と声を張り上げたが、そんな余裕はなかった。「ブー、ブー」とけたたましい警告 音。現場にいた40人ほどが、せきたてられるように出口に殺到。「早くしろ、早く」。怒鳴り声に押されるように同僚2人と扉を通り抜けようとしたが、突然 ピシャリとしまった。懐中電灯もなく、閉じ込められるかと怖くて仕方なかった。何とか扉を開放してもらい脱出。原発敷地内の高台まで全力疾走。目に飛び込 んできたのは、めくれ上がった道路、めちゃくちゃになった事務所。事務所前で解散後、大渋滞を抜けて自宅にたどり着いたのは午後8時ごろ。家族(妻と一人 娘)に再会。

翌日、テレビが衝撃的な映像を映す。昨日まで自分がいた1号機の爆発。「血の気が引きました。あんなに安全だって教え込まれていたのに」。漠然と信じていた安全神話が崩壊した。

福島県内の自動車部品工場で働いていた作業員は、3年前のリーマンショックで仕事をなくし、たどり着いたのが東電の下で原発の保守点検をする会社。 現場で実感したのは下請けまかせの原発の実態だ。実際に機械をばらして傷み具合を確認するのは末端の作業員。東電の社員は書類にサインしにくるだけ。だか ら、えらい人ほど現場を知らず、発表される情報も信じられない。一家で母のいる名古屋へ逃げることを決めた。

名古屋についた14日、元受け会社から携帯に電話。「福島で仕事があるんだけど。いま、どこ?」。事故対応の危険な作業をやらされるに決まっていると、先を聞く前に断る。

作業員は言う。「作業員や周辺住民のためにも、東電や政府には正確な情報を、できるだけ早く明らかにしてほしい」。

この記事を読んだとき、東電の管理体制はどうなのだろうか…という疑問も覚えたのですが、この話をそのままそっくり受け止めてしまうのはどうなのだろうという思いでした
事故のあった原発で一生懸命頑張っている人たちがいることに大きな感謝と申し訳なさを感じていた私としては、会社に連絡することもなく名古屋に来てしまっ たこの作業員の行為は当然だという思いもありながらも、事故後も現場で奮闘している人と比べてあまりにも温度差があるように感じました
この作業員は東電の社員ではなく、下請け会社の社員で、しかもリーマンショックで失業して辿り着いた東電での仕事なわけで、言ってみれば本当にやりたくて やっている仕事というわけではなかったのではなさそうだと思ったし、下請け会社として東電に日頃から不満があるような印象を受けました
知り合いがアウトソーシングの会社に所属していて、大手企業で働いているのですが、正社員のことをあまりよく言っていなかったことを思い出します
「あいつらは俺たちのことを人とは思っていない」「仕事なんてしないで何でも俺たちにやらせる」などなど…です
聞いていてひどいなあとは思ったものの、そういうことはどの会社でも多少なりともあることだと思ったし、大手企業と下請け会社ともなれば、そこに優越感や 劣等感なども生じてしまうのだろうとも思ったし、この作業員も東電の正社員に劣等感を感じたが故にこのような不満が生じたところもあるのかもしれないと思 いました
それに実名を出し、写真まで掲載してこのようなことをマスコミにしゃべってしまうことに対し、「うーん…」という思いもありました
一家で母のいる名古屋に逃げて来たとありますが、実質的に東電で仕事らしい仕事はしばらくできないにしても、下請け会社には所属している状態で、それなのにそれをほおってきてしまうというのは、一社会人としてどうなのかとも思いました
それらの思いがあって、この記事を読んだ段階では東電のずさんさや甘さを感じるまでには至らず、むしろ事故後も原発で奮闘している東電の社員たちのことが心配でした

それが、今回の作業員の被曝の話を聞いて、少しずつ気持ちが揺れてきました
被爆したのが東電の協力会社の作業員だったことや、東電の社員が作業に立ち会っていなかったことなどを知ると、東電の管理体制に疑問を覚えずにはいられません
事故後も原発で作業を続けている人たちのことを「Fukushima 50」と呼び、賞賛する声もありますが、この50人のうち、東電の社員は何人いるのか、実際に危険な作業をやっているのは東電の社員ではなく、協力会社の 社員ばかりなのかもしれない…などという思いが浮かんできます

今回の被曝事故は、建屋内に水がたまっていて、その水には高濃度の放射性物質が含まれている危険性があったのに、作業員は足が水に浸かった状態で作業をしていたということが信じられません
原発の事故が起こって以来、ニュースなどを聞いていれば、放射能の知識があまりない一般の人たちでも放射能の危険性を頭で意識するようになっていると思うのですが、そのにわか知識だけでも体が水に浸かるということは危険なのではないか…と感じるのではないかと思います
でも、作業員は作業を続けていたわけで、東電の協力会社の作業員を含む原発で働いている人たちに対して、放射能に関する教育がきちんと行なわれていたのかが疑問です
新聞記事の作業員曰く、「安全だ」と教え込まれていたようですが、放射能の恐ろしさはまったく伝えられていなかったのでしょうか
教わらなくとも日本は広島と長崎に原爆が落とされた被曝国で、知識としてはなくても恐ろしいものだという感覚は日本人なら誰しもが持っているものだと思っていたのですが、そうではなかったことに驚きを覚えます

話は少し反れますが、アウトソーシングの会社が蔓延していることにも懸念を感じます
下請け会社だったり、協力会社だったり、派遣社員だったりすると、その企業に対しての愛社精神や「この会社をよりよくしていこう」といった思いが抱かれることはなくなってしまいますよね
この作業員だってどう見ても東電に対して、福島第一原子力発電所に対して、「愛社精神」のようなものがあったとは感じられないし、単に「生きていくため、収入を得るための手段」でしかないように思います
そういう冷めた思いで仕事をしている人たちが大勢いるのだと思うと、いくら経営の効率化がうまく行ってもいいものは何も生まれないのではないかと思ってしまいます

とにかくこれ以上被害が拡大しないことを祈るばかりです

ヘルメットと作業着ー東日本大震災ー

火曜日, 3月 29th, 2011

東日本大震災が発生した直後からずうっとテレビを見ていたのですが、被害の状況以外でずっと気になっていたことがあります
それは、民放のアナウンサーがヘルメットをかぶっていたことと、枝野官房長官や菅首相が作業着っぽい格好をしていたことです

違和感を感じたのはアナウンサーのヘルメットでした
後ろに映っている人たち(テレビ局で働いている人たち)はヘルメットをつけていないのに、なぜアナウンサーだけヘルメット?
もしかして「たいへんな事態が起こっております!」という演出なのかなあ…だとしたらひどいなあ…と思っていました
こんなふうに感じたのは私だけじゃなかったみたいで、ネットで検索したらいろいろ出てきました

ヘルメットの意味は、「放送中に地震が起こったとき、他のスタッフは机の下に潜るなど身の安全を確保することができるが、ニュースを伝えているキャスターは放送し続けなければならず、頭上の照明などの落下物から身を守るため」なのだとか…
なるほど…と思いつつも、ヘルメットをかぶっていたのは民放だけだった気がするんですよね
NHKのアナウンサーは地震発生直後からかぶっていませんでした
「演出」的な意味として、「ヘルメットをかぶることによって視聴者の危険意識を高める」みたいなこともどこかに書かれていたのですが、うーん…それってちょっと苦しすぎる言い訳に聞こえてしまいました

たとえば…台風が接近しているときの各民放のレポートなどを見ていると、少々大袈裟なのではないかなあと思われる実況レポートがあります
「立っていられないほどです」と言いつつ、レポートが終わるとカメラの前から普通に歩いて去っている姿が映ってしまったなんていう映像がYoutubeにあったりもします
いろいろ考えると、やっぱり「たいへんな事態でありまする」という演出的な小道具という要素もかなりあるんじゃないかと感じました
本当に危ないのだとしたら、後ろで働いているスタッフだってヘルメットをかぶるに越したことはないと思うし…

あと、菅首相や枝野官房長官を始めとする政府の方たちのブルーの作業着ですが、民放アナウンサーのヘルメットほど違和感を覚えなかったものの、よくよく考えてみれば同じような要素をはらんでいるのかも…

スーツ姿で会見していると、どこか他人事というか、緊迫した状況をわかっていないんじゃないかという印象になりますよね
私としてはどういうタイミングでこの作業着がこれまでのスーツに変わるのかがちょっと気になります
これまでは下のズボンも作業着だったけど、最近はスーツのズボンと上に作業着ジャンバーを着ていることもあるし、政府の人たちの服装を見て「事態が少し変わって来たのだなあ」と感じたりもします
そういう効果もあるのでしょうか…

こういう「演出」的なものも必要なのかもしれないですけど、現場で本当に危険な作業をしている人たちにとっては、あまりいい印象にはならないんじゃないかと思いました

これからの発電ー東日本大震災ー

金曜日, 3月 25th, 2011

福島にある原子力発電所が大地震の被害を受け、大きな事故を引き起こしたことは、日本国民だけでなく世界中の人たちに恐怖を与えるできごととなりました
原子力って本当に怖いという思いが改めて心の中で認識されたような気持ちです

特に日本は唯一の被爆国だし、原子力の恐ろしさをいちばんよくわかっているのではないかと思います
事故を起こした福島第一原子力発電所は当然のことながら廃炉になるでしょうし、これから先原子力発電の是非が問われていくことでしょう
原子力発電は二酸化炭素を出さないし、環境に優しい発電方法だというイメージがアピールされていたけれど、こうなってしまった以上、環境に優しいとは到底言えないし、イメージはがた落ちです
でも、これから先原子力発電ではない他の方法で発電して電気量をまかなっていけるのか…これは大いに疑問です

東日本大震災が起こって以来、「原子力はやっぱり危険だ」という思いが心を支配していましたが、それに代わる発電が他にあるのかといろいろと調べてみました
水力発電・火力発電・太陽光発電・地熱発電・風力発電などいろいろありますが、どれもこれも問題があるように思います

まず水力発電…
こちらによると考えられる問題点は、

  • 大消費地(都市)からの距離があるため、搬送設備(送電線)に多額の経費を要すると共に送電時のロスがある
  • ダムや発電所を建設するためにはほとんどの場合、人が生活し、農林業を営む場所を水没させなければならず、建設には多くの犠牲とコストがかかる
  • 水路式発電では取水口から下流側の流量が少なくなり、河川としての機能や生態系(魚等の動物や水生植物等)が破壊されてしまうことも多い
  • 日本では水力発電に適した条件(河川の状況、地盤等)のところは既に開発済みであり、新たに水力発電を行える場所は少ない
  • ダムには土砂が堆積するため、その利用年限は有限であり、現在ある水力発電設備においても未来永劫発電が可能なわけではない

などなど…
狭い日本ではなかなか難しそうです

火力発電は言うまでもなく、二酸化炭素出しまくりですから、地球温暖化防止を推進しなければならない今の地球ではとてもじゃないけど勧められる発電方法じゃないですよね

太陽光発電はいちばん環境に優しそうですけど、コストが高いのがまず問題だし、太陽光パネルってずっと使えるわけじゃないし、太陽光パネルを造るためにどれだけの二酸化炭素が輩出されるんだろう…と疑問に思います

火山国の日本は地熱発電がぴったりなんじゃないの♪と思ったのですが、こちらによるといろいろ問題もあるみたい…
意外に問題点が多いなあという印象です

それじゃあ風力発電?
問題点はニュースなどを見ていると騒音などがあるみたいですよね
あと、設置にお金がかかりそうだし、景観の問題とか生態系に影響もあるみたいだし…

などなどと見ていくと、電気をつくること自体環境に悪いような気がしてしまいます
コストを無視していちばん環境によさそうなのは太陽光発電だけど、各家庭の電気くらいはまかなえても工場とか商業施設の電気量はとてもじゃないけどまかない切れないっぽいですよね…
一体どうすりゃいいんでしょう…?
私にはさっぱりわかりません
節電するって言っても、ここまで電気に頼って生活してしまっていてはなかなか難しいですよね

私の身の回りにも電源が必要なものがいっぱいです
今見えるだけでもパソコン・外付けハードディスク・デスクライト・電話機の子機・携帯電話の充電器…
朝起きて今までどれだけの電気を使ったことか…
起きてトイレの電気をつけ、洗面所に行って電気をつけ、ヒーターをつけ、今度はキッチンに行き電気をつけ、お湯を沸かし、パソコンを立ち上げ、デスクライトをつけ…といった具合です
毎日毎日パチパチパチパチ電気使ってるんですよね…
私は日頃から節電しているほうだと思うのですが、それでも生活の中で電気は欠かせないものだし、電気がなかったらほんとすごく不便に感じるんだろうなあ…

まだまだ節電できるところはたくさんあるとは思います
コンビニの24時間営業もかなり無駄だと思うし、イルミネーションとかライトアップとか、必要不可欠じゃないのに電気を使ってるところはたくさんあります
空を見上げると「どんだけお金かかってんだろ?」って思うような電気がいっぱいです
それでも…限界はあると思うし、節電だけで解決はできないだろうし…

今回の福島原発事故を受けて、原子力発電所の使用停止を求めての署名活動を行っているなんていうニュースを聞きますが、原子力発電所なしでやっていける試算はできた上での活動なのかがちょっと疑問です
そりゃあ原子力はもうこりごりだけど、現実的な話、原子力発電なしではやっていけないんじゃないかとも思います

他にどんな発電があるのかなあ…と思い、調べてみたら、聞いたことのないようなものまでいろいろありました
火力発電 · 原子力発電 · 地熱発電 · 太陽熱発電 · 海洋温度差発電・内燃力発電 · コンバインドサイクル発電 · 廃棄物発電・波力発電 · 潮力発電 · 海洋温度差発電 · 海流発電・風力発電 · 冷熱発電 · 人力発電 · 炉頂圧発電・燃料電池発電 · 太陽光発電 · 宇宙太陽光発電 · MHD発電 · 熱電発電 · 振動発電…
私は根っからの文系なので電気のことはさっぱりわからないんですが、みんないろいろ考えて研究して発明して…それで今の私たちの暮らしがあるのですよね
理系の主人曰く、地震のエネルギーとか雷のエネルギーとかが利用できたらいいのだとか…
でもこれらはいつ起きるかわからないから難しいね、とのこと…
今回の地震のエネルギーは半端じゃなかったから、相当の電気をつくれたはず…なんて思ってしまいました
津波だって波力発電で利用できたらすごかっただろうし…
でも、自然をコントロールしようとすること事態が人間のおごりなのかもしれないとも思います

これからのこと、真剣に考えなくちゃと思います