Archive for the ‘読みもの’ Category

マンガ「アイシテル」伊藤実著

金曜日, 9月 28th, 2018

ネットマンガで少しだけ見て印象に残っていて、先日図書館に行ったら本を見つけたので、借りて読みました

都内に住む小沢聖子は、夫と美帆子・清貴の2人の子供との幸せな生活を送る専業主婦です
しかし、ある時、長男の清貴が何者かに殺害され、その生活は一変することになります
やがて清貴を殺害した犯人が判明しますが、それはなんと違う小学校に通う11才の野口裕一でした
息子を殺害された小沢家の苦悩、息子が殺人を犯した野口家の苦悩が赤裸々に語られ、苦悩の中で気づいたことや感じたことでそれぞれが思いやりの気持ちを持って生きていく感動のストーリーです

少年犯罪というと、神戸市の連続児童殺傷事件がまず頭に浮かびます
このお話はフィクションですが、その事件よりもさらに年齢の低い子が犯罪を犯すという衝撃的な設定です
でも、現実に起こり得るような気がしてしまいました

このお話を読んでとてもよかったなと感じたのは、被害者の一方的な気持ちだけでなく、加害者とその家族の気持ちもきちんと描かれていたところです
世の中にはいろんな犯罪が起こり、その行為だけを見れば、やったほうが悪いのは当たり前のことで、どうしてやってしまったのかを伝えたところで、やったこと自体が悪いのだから、何を言っても言い訳となり、加害者側は当然のように非難され、追いやられることになります
少年犯罪だと、少年よりもその親や家族に非難が行き、特に両親の責任が問われることになります
神戸市連続児童殺傷事件のときも、母親からきちんと愛情を注いでもらわなかったからだと、なぜこんな事件が起きるまで親なのに気づけなかったのだと、さまざまな声があがりました
たしかに子どもに対する親の責任は重大です
子どもの性格・人格は生まれつきによるものもあるし、環境によるものもありますが、どちらも両親が絡んでいることなので、どちらが原因だとしても、親が責められることになるのだと思います
子どもが成人していても、例えば芸能人の子どもが不祥事を起こしたときなど、親である芸能人が謝罪したり、仕事を控えるケースがよくありますが、子どもがいい大人になっていたとしても、親は子どもへの責任をずっと課せられるのだなと感じます
私も子育てをしていて、親としての責任は感じるし、自分の育て方・接し方でこの子の未来が決まってしまうような気がして、人を育てるということに大きな責任を感じることがあります
実は去年、息子が担任の先生に怪我をさせてしまうという事件が起こって、そのときの私のショックは本当に大きくて、それに加え、「加害者側」立場に追いやられてしまって、何の弁明もできず、意見も言えず、ただ謝罪することだけが求められるという時間を過ごしたことがありました
怪我をさせてしまったこと自体は本当にいけないことだったので、そのことについて息子とはたくさん話して、こういうことは二度としてはいけないと伝えました
学校にも赴いて直接担任の先生に謝罪をして、それは当然のことだと思っていましたが、それまでの担任の先生の子どもたちに対する態度のひどさは子どもたちを通じてよく聞いていたし、そこまで嫌われている先生に巡り合ったことがなかったので、ハズレの先生に当たってしまったなあという思いがずっとあって、そういう状況で事件が起きてしまい、当然のことながらそれまでと同様に事件後の学校側の対応も担任の先生の態度もがあまりにもひどくて、息子からきちんと聞き取りをしていなかったり、教頭先生からは「先生は被害者ですから」という言葉を聞いたり、加害者側の立場では何を言うこともできないのだと実感しました
息子は故意でやったわけではなかったけれど、先生に対する嫌悪感・不信感からの行動の末怪我をさせてしまったので、それはもう謝罪するしかなかったのですが、何とも言えないいやな思いが残りました
でもこういうことをしてしまうと、いくら担任の先生がいやな先生だったとしても、それを伝えることもできないし、子どもがそういうことをしてしまったということで精神的にも参ってしまうし、ものすごーく苦しくて、今こうして思い返しているだけでしんどくなるくらい
被害者でさえ批判の対象になってしまうこの世の中、加害者側に立つと、誹謗中傷はもちろんのこと、あることないこと書かれてしまったり、何でもかんでも結びつけられてしまったり、それらを弁明することも許されず、加害者側の気持ちってなかなか理解してもらえないのだなということを、小さな学校という社会の中でだけではありましたが、ひしひしと実感してつらく感じました

話がずれてしまいましたが…、このお話には、被害者の子どもとその両親の悲しみと苦しみだけでなく、加害者の男子とその両親の立場や被害者の子どもの兄弟の立場なども描かれていて、多角的に社会問題を捉えているところがたくさんありました
そしていちばんすごいなと思ったのは、主人公の小沢聖子が、息子を殺害された母親の立場にありながら、加害者の少年やその両親のことを思いやり、加害者被害者という立場は違えど、こういう事件が起こってしまったことに対する自分の責任に苛まれて悩んでいる立場は同じであるということに気づいたということ…
ここまで気づけるというのはなかなかできないことなのかもしれません

被害者の姉の美帆子のこともとても気になりました
何かと弟の清貴ばかりがちやほやされてイライラするところは我が家の娘と重なりました
清貴は思ったことを口にしてしまう、ちょっとグレーゾーンなのかも?と思ったのですが、そこは我が家の息子と重なり、そういったところに姉の美帆子もイライラしたし、祐一もそこに憤慨して殺害に及んでしまうところもあって、清貴の素直さ・天真爛漫さが姉の美帆子にはうっとうしかったんだろうなと思います
兄弟って本当にむずかしい…親としては平等に愛情を注いでいるつもりでも、子どもがそう受け止めているわけではないんですよね
手のかかる子がいると、どうしてもそちらに気持ちが行ってしまい、もう一方はほったらかしにされているような気持ちになるのだと思います
息子が殺害されて悲しみに打ちひしがれている母親を美帆子は思いやりますが、自分もお母さんの子どもなんだよという気持ちは痛いほど感じました
こういった事件が起きたとき、手のかかる子がいるとき、その兄弟へのケアって忘れられがちだけど、すごく大事なんだなと、改めて自分の娘への接しかたを考えされられます

このお話は以前ドラマにもなったそうです
機会があったら一度見てみたいです
原作に忠実なドラマだったらいいなと思います

本「車イスホスト。」寺田ユースケ著

土曜日, 9月 1st, 2018

勧められて読んだ「車イスホスト。」、一気に読んでしまいました

幼少期から脳性マヒで足が不自由だった著者…子どものころは障がいがあっても努力すればできるようになると信じて努力に努力を重ねてきました
大学生のとき、パチンコ屋通いをする堕落生活を送ったこともありましたが、留学をしたり、お笑い養成の学校に通ったり、いろんなことに挑戦をします
そんな彼がなかなかお笑いで稼げなかったことからホストとして働きはじめます
ホストクラブ「APiTS」の同僚たちと切磋琢磨し、彼にとって、本当の仲間を見つけるまでの半生を綴った、感動のノンフィクションです

近所に脳性まひの子がいて、週に一度リハビリに来てくれる先生が著者の寺田ユースケさんのリハビリを行っていたことがあり、その先生から貸してもらった本を私が又借りして知りあった本ですが、本当にいい本に出会えたなと思いました

生まれた頃から幼少期を経て、思春期、大人になってからのことが書いてありますが、きれいごとではない実際に起こったこと・言われたことが書かれていました
幼少時代のユースケさんは、本当にのびのびと一生懸命に生きているというかんじで、ご両親の育て方や接し方がそうさせているんだと感じ、親としての壮大さを感じました
両親ともに運動神経万能で、きっと自分の子どもにもスポーツをさせたいと思っていたでしょうし、障がいがあるとわかったときの落胆は想像を絶します
でもユースケさんのことを考え、さまざまな工夫をして、前向きに努力できる子どもに育て上げたことは本当にすごいと思います

ユースケさんの障がいに負けずに野球を頑張るという気持ちにも心打たれました
まわりの人の理解があったことにも恵まれたとは思いますが、何よりもユースケさんの頑張る姿がまわりの人たちを感動させ、素晴らしい仲間を作り上げたのだと思いました

中学で「シンショー」と言われたこと、読んでいて心が痛みました
私の息子もそうですが、小学生・中学生って、その言葉の意味もきちんと理解できないまま、適当に言葉を短縮して使うということがよくあります
中学生は体は大人に近づいているけれど、男子は中身はまだまだ子どもで何にもわかっていません
言われたらいやだなと感じても、人には同じことを言っていたり、自分のしたことと自分がされたことが結びついていないんですよね
もちろん大人になってもそういう人はいますが、中学生くらいがいちばんひどいように思います
「シンショー」は「身体障害者」の略ですが、何でも省略していう最近の風潮もいやだけど、何とも言えないいやな響きです
でも、それを一喝した先生がいてくれたこと、そしてユースケさんを思う仲間がいてくれたことは、つらい経験をした中においてうれしい出来事だったと思います
世の中いろんな人がいて、すべての人が理解してくれるわけではないし、正直いやな人もいるので、理不尽な思いをすることは避けられないのでしょうけれど、そういう中だからこそ思いやりのある人に出会う素晴らしさがあるのかもしれません

この本を読んで、「ああそうなんだ」とはじめてわかったことがありました
それは、脳性まひという病気はよくはならないとしても悪くはならないものだと思っていたけれど、そうではないということです
筋肉が緊張して萎縮してしまうので、年齢と共に動けなくなっていくと知り、子どもの頃は車椅子なしで生活できていても、大人になって車椅子が必要になったりするのだとか…
ユースケさんは健常者に負けまいと必死に努力しつづけてきて、それでも体が思うように動かなくなり、自分の努力だけではどうにもできない現実に直面して、荒れた生活を送った時期もあり、努力してきた人だからこそ強く感じる絶望感だったのだろうと思いました
私も若かった頃のように夜更かしできなくなったり、疲れやすくなったり、疲れが取れにくくなったり、昔に比べて思うようにいかなくなったことが多くあります
それは極めてふつうのことなんだけれど、それでも気落ちしたり、できなくなっていくことがこれからどんどん増えていくのだろうかと思うと不安になったりします
ユースケさんは努力家で、努力でどうにかなる、どうにかしてみせると頑張ってきた人だったから、努力だけではどうにもできないことがあると知ったときは途方に暮れたんだろうと思いました
病気にしろ障害にしろ老化にしろ、それを受け入れるというのは本当にたいへんなことなのだろうし、なんとなくそれから目を背けてたくなるところはあります
そういえば、私は最近鏡を見なくなっています…これも現実逃避だなと(笑)

以前「受け入れる」ことは「あきらめる」ことだという話を伺ったことがありました
「あきらめる」は「諦める」ではなく「明らめる」で、それを明らかにしてそういうものだと受け入れることなんだそうです
たしかに…目を背けているうちは「明らめる」ことはできないし、受け入れられないのかもしれません
目を背けているということは、頭の奥のほうではわかっているということなんだけど、それをはっきりさせたくない、あまり自覚したくないという思いがあるんですよね
それを明らかにするのはなかなか難しいです
でもそうしないと前に進めないときには勇気を出して直面しなくてはならないんだろうと思います
自分がそういう状況に陥ったとき、果たして受けいられるのだろうかと問われると自信はありません

もうひとつ、この本を読んでホストクラブへのイメージがちょっと変わりました
ユースケさんが抱いていたようなイメージを私も持っていて、女性を騙して高いお金を巻き上げるところだと思っていました
もちろんそういう要素も実際あるのだろうし、そこだけを追求しているホストクラブもあるんだろうとは思います
でもそういうイメージを持たれて苦労してきたホストクラブだからこそ気がつくことや抱く思いもあるんだろうなあ
ユースケさんが働いていたホストクラブの人の手記も載っていて読みましたが、いろいろと考えさせられました
こんなふうに考えている人がいるホストクラブなら行ってみたいなあと思いました

いろんな人に読んでもらいたい一冊です

本「Nのために」湊かなえ著

水曜日, 6月 27th, 2018

友だちからだいぶ前に借りた「Nのために
最近やっと読み終わりました

穏やかな石垣島の浜辺で、杉下希美と安藤望は運命的に野崎夫妻と出会います
その出会いはある悲劇への序曲でした
二年前の秋、台風による床上浸水をきっかけに、同じアパートに住む杉下、安藤、そして西崎真人の三人は親しくなります
それぞれに屈折とトラウマ、そして夢を抱く三人は、やがてある計画に手を染めていきます
すべては「N」のために…

湊かなえさんの作品は後味の悪さはあるものの、登場人物の主観的な語り文なので、読みやすい印象があります
他の作品でもそうですが、同じことを語っていても、その人の受け取り方や考え方感じ方がさまざまで、そこがおもしろいと思うし、深いなと感じさせられます

レビューをざざっと見たのだけど、それぞれがNのためを思って行動していることが、すれ違ったりずれたりしていて、そこが切ないと書いている人が多かったんだけど、私の読解力がないせいか、そこまで感じられずに読み終わってしまった感があります
もう一度読んだらわかるのかもしれないのですが、ものすごーく頭を使って読まなくちゃならない気がします

私はなぜか安藤望は女性だと思っていました
杉下希美と安藤望が一緒に石垣島へ旅行に行って…とはじめのほうに書いてあり、恋人同士とも受け取れない関係だったので、てっきり女友達だと思ってしまったんだと思います
だいぶ後のほうになって、安藤望が男性だと気づいて、そのへんから読み返さないとわからないなと思えていました

それぞれがいろいろな過去やトラウマを抱えていて、一見すると驚くようなことだけれど、もしかしたら大なり小なりみんな人には話せないような過去を抱えているものなのかもしれないと思います
虐待のくだりは読んでいて本当に苦しくて、こんなことが実際に行われていたら、その子は精神的におかしくなってしまうだろうと思ったし、虐待をする大人もまた、もしかしたら同じような目に遭ってきたのかもしれないとも思ったりしました
希美もそうだけれど、子どもは立場の弱い存在だから、大人に頼らなければ生きていけないから、いつも親の行動に人生を左右されてしまいます
そう思うと、親の責任て本当に重くて大きいなと…
私も人の親になって十数年経って、それなりに親をやってきましたが、いつもいつもいいお母さんでいられたわけじゃないなと反省することばかりです

希美を見ていて、バイタリティがあるなと感じ、うらやましく思いました
父親も母親も頼りにならない状態で、それでもアルバイトをして前を見て進んでいるところがすごい
希美もいろんなものを抱えているけれど、しあわせになってほしいなと思う1人かな?

正直わからないことだらけで読み終わってしまって、感想らしい感想が書けないので、ドラマ化された「Nのために」を見てみようかと思っています

本「モンスター」百田尚樹著

金曜日, 11月 24th, 2017

友だちから借りて読んだ「モンスター
すごく分厚くて長い単行本だったけど、先が気になって一気に読んでしまいました

田舎町で瀟洒なレストランを経営する絶世の美女・未帆…彼女の顔はかつて畸形的なまでに醜くいものでした
周囲からバケモノ扱いされる悲惨な日々…思い悩んだ末にある事件を起こし、町を追われた未帆は、整形手術に目覚め、莫大な金額をかけ完璧な美人に変身を遂げます
そのとき亡霊のように甦ってきたのは、ひとりの男への、狂おしいまでの情念でした

以前「ヘルタースケルター」という映画を見て、美容整形って怖いなと思いましたが、今回はさらに強くなってしまいました
私も容姿にはあれこれ不満があって、ここがああだったら…と思うことは多々ありますが、美容整形に手を出すことはないだろうなと思っています
なにしろお金がかかるし、怖いし痛いし、一度手術してそれで終了というわけには行かないっぽいし、一生つきまとってくるわけで、美容整形したことが後々別の形で自分を苦しめることになりそうだし、考えれば考えるほど恐ろしくなります
今はプチ整形といって、気軽にできる整形もあるみたいだけど、それすらもやりたいとは思っておらず、私には縁のないものなんだけど、でもどういうものなのか関心はあったりもして、興味深く読みました
昔「ビューティーコロシアム」という番組で、自分の容姿にコンプレックスがあって自分に自信が持てない人の人生を変えるために美容整形をするというのを見ましたが、そういう事情がある人が美容整形を受けるのはいいのかもしれないとは思っています
そう考えると未帆が美容整形を受けるのは自然な流れだったのかもしれません

未帆のすごいところは、何と言っても意志の強いところ
よくも悪くも貫き通すところが本当にすごい
ダイエットにしても美容整形にしても節約にしても徹底的にやるところは正直うらやましいなと思いました
この強い意志は、もしかしたら容姿にコンプレックスがあったからこそ手に入れたものなのかもしれませんが、未帆は頭もいいし、努力家だし、もっと別の人生もあったんじゃないかなあと思ってしまったりもします
「怖い人」と言ってしまえばそれまでだけど、やっぱり根本は人から愛されたかったということに尽きるのかもしれません
親や兄弟、友だち、そして異性からも敬遠されてしまったことが、未帆をここまで追い詰めたと言える気がします

未帆は整形費用を稼ぐため、体を売る仕事をしますが、こちらもまた自分には縁のない仕事と思いながらも興味深くて、「いろんな種類があるんだなあ」と知りました
でもこれもまた未帆の命をもおびやかすことにつながっていて、不特定多数の男性と関係を持ち続けることの怖さを感じました
女性がひとりでそれなりにお金を稼ぐにはこれしかないのかもしれないでしょうけれど、代償は大きいです
何よりも自分を傷つけてしまう気がしまうし、一度足を踏み入れてしまうと抜け出せなくなってしまいそうだし、怖い世界だなと思いました
未帆は自分の目的を達成するためだと割り切ってやっていて、それもある意味すごいなと…
単にお金を稼ぐだけでなく、いろんなことをきっちり考えながらやっている
見た目だけ美しくなるのではなく、話し方・表情の取り方・知識などなど、あらゆることを身につけていく未帆の努力には脱帽する気がしました

一方で、美貌にこだわりながらも、そこに惹かれて言い寄ってくる男たちを未帆は冷たく受け止めているところが矛盾しているなと感じました
男性の反応がベタすぎて「こいつもか」と思う未帆がちょっと面白かった
いちばんかっこよかったのは、未帆の過去の顔や健康状態も知っていながら未帆に一緒に来ないかと言ったソープのオーナーだった人かな?
この人と一緒に行けば未帆はしあわせになれたのかも…でもこれまでやってきたことは全部捨てていかなくちゃならないわけだから、未帆にはそれはできなかったのかもしれませんが…

最後はあっけなくて「うーん」と思ったけれど、読み応えのあるお話でした

本「蜜蜂と遠雷」恩田陸著

日曜日, 9月 10th, 2017

直木賞と本屋大賞をダブル受賞した「蜜蜂と遠雷」、人に勧められて読みました

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール
「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていました
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵15歳
かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳
音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳
完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳
彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?

私は子どものころピアノは習っていたものの、コンクールには無縁だったし、お世辞にもピアノレッスンに真剣に取り組んだとは言えない状態だったので、ピアノにしても他のことにしても、こうやってコンクールに出るまで一生懸命になれていること自体に多大なる尊敬の念を抱きます
向き不向きはあるのだろうし、好き嫌いもあるだろうし、自分には合っていなかったという解釈もできるのだろうけれど、ひとつのことに一生懸命になれなければ、その他のことにも一生懸命になれないような気もします
何かにひたむきになれるってすごく大事なことなんじゃないかなと改めて感じました

お話に出てくる登場人物の中でいちばん気になったのは栄伝亜夜かな?
風間塵という異端児がメインになると思いきや、栄伝亜夜のほうが描写が多かったし、このコンクールを通じていちばん成長したのも彼女だったと感じました
子どもの頃に注目されて、でも挫折があって、それで復活をするってかなりすごいことだと思います
ふつうならプレッシャーに押しつぶされてしまいそうだし、世間の批判や嘲笑にくじけてしまいそう
それでも彼女が復活したのは、本当にピアノが好きだったからなんでしょうね
彼女の復活の裏方のような役割の1人が風間塵であり、それが彼の「ギフト」としての役割だったのだなあ〜

この本を読んでから、お話に出てくるピアノ曲をYouTubeで聴いてみましたが、コンクールに出てくるような演奏者の演奏はどれもすばらしくて、実際に自分が聴いてもどの演奏が他よりも秀でているのかを明確に判断できない気がしました
審査員たちは自身もピアノ演奏に長けていて、耳も肥えていて、一般の人たちにはわからない違いがわかるんだと思います
名画にしても言えるけれど、音楽もわかる人にしかわからないものってあるし、聴くからにはそれなりの知識と感性を備えていなければならないのだろうと感じました
私がYou Tubeでピアノ演奏を聴いていて、なんとなく音がクリアで上手だなとか、まとまりがないなとか、そんなあいまいな感じ方くらいしかできないし、とてもじゃないけど審査員にはなれないなと…
でも、自分が音楽を楽しむためならば、そういう甲乙をつけるような知識はいらないよな、とも思います
上手に弾くのも大切だけど、楽しむことが大前提かな?
そんなことを言ってしまっては元も子もないんでしょうけれども…

こういうお話は、最終結果があいまいなまま終わってしまうことがありますが、最後にきっちりと結果がわかるところがすっきりしていてよかったです
順位は予想どおりのような気もしたし、そうではない気もしたし、でも納得という感じでした
結果よりもこういうすっきりした終わり方に納得したとも言えるかも…

少し気になったのは風間塵のこと
彼は15歳で純真無垢な少年という設定だけど、話し方が子どもっぽすぎて、小学生のように感じました
私の中のイメージだと名探偵コナンっぽい
15歳の男の子というと、無口で人見知りという年頃のような気がしてしまって…
恩田陸さんのお話に出てくる登場人物は年齢設定が低くて不自然な気がすることが多いんだけど、今回はその逆でした
まあ気になるというほどのものではなかったのですが…

私もときどきピアノを弾きますが、もう少しいろんな曲が弾けたらいいなと感じます
後悔先に立たずで、子どものころきちんと習っておけば、今頃もっといろんな曲弾けたんじゃなかなと思います
でもあの頃を今思い出しても、どんなに説得されてもピアノをやめたかった気持ちははっきりと覚えているし、あのときはしょうがなかったなとも思います
弾ける曲は少ないけど、とりあえずピアノを弾くことはできるので、できる範囲で楽しんでいこうかな?

とても長いお話でしたが、わりとどんどん読み進められて気になりませんでした
ゴシッピーだけど、マサル・C・レヴィ=アナトールと栄伝亜夜の今後の関係はどうなるのかな?って思ったのも大きかったかな(笑)
音楽好きな人にはぜひぜひ読んでもらいたい一冊です

本「もうすぐ」橋本紡著

月曜日, 7月 3rd, 2017

図書館で無料配布していた本「もうすぐ
表紙の雰囲気だけで選んで、どんな話かどんな著者かもわからずに読み始めた本です

ネット新聞社に勤務する篠原由佳子は、全国紙から依頼され、ある事件を追い始めます
それは手術中に妊婦を死亡させたとして、産婦人科医が過失致死で逮捕された医療事故でした
出産現場の驚くべき事実が次々と明らかになっていきます
やがて行き着いたのは、現代において子どもを求めるとはどういうことなのか、という大きな問いでした

妊娠出産という女性にとっては最も関心のあるであろう題材を扱うお話だったので、自分のことのようにあれこれと感じながらどんどん読み進めました
女の子は大人になったら結婚して子どもを産んでお母さんになる、という道は、今も昔も当たり前のことだと考えられている気がします
今は結婚しない人・出産しない人も増えているとは思うけれど、やっぱり結婚すること・子どもを産むことのほうが当たり前だとされているように感じます
女性にとって子どもを産むというのは、いわば本能的な欲求なのかもしれません
私も、まだ結婚も考えられなかった頃から、自分がいつか赤ちゃんを産むんだと自然に思っていたように思います
ただ、そう思いながらも、出産ということに対しては不思議な感覚と不安を抱いていました
誰もがそうして生まれてきたのだろうけれど、人間がひとり増えることが不思議だと思っていたし、出産は痛くて辛くてたいへんなのに私にやれるんだろうかと不安に思っていました
世界中でたくさんの人が妊娠し出産しているからこそ、この世の中は成り立っているわけだけど、それが不思議だと思うこともありました
自分が実際に妊娠したときも、本当だろうかとずいぶん不思議に思っていました
自分ではあまり実感もなく、ただなんとなくだるいような気持ち悪いような感じはあって、病院の検査で妊娠していることはわかっていても、自分が妊娠しているという自信はなかったような気がします
お腹がだんだん出てきて、胎動を感じるようになってきてからは、私のお腹の中に赤ちゃんがいるんだという実感は生まれたけれど、今度は本当にちゃんと生まれてくるのだろうかという不安を感じました
中には死産してしまう子もいるのだろうし、自分の子はちゃんと生まれてこれるのだろうかという思いがときどき胸をよぎりました
当たり前だと思われていることが当たり前ではないのだと思ったし、まさかの事態が自分に降りかからないという保証はないと思ったし、出産準備をしながら「本当にこれを使う日がやってくるんだろうか」という気持ちが心の片隅にありました

2人目はなかなか授からず、病院に通ったこともあって、短い期間ながらも「不妊治療」をしたことがありました
エコーで卵胞の大きさを見て、いつくらいに排卵しそうかを教えてもらい、タイミングをはかるという程度のものだったけれど、私にとっては立派な不妊治療という感じでした
あのときの不安な気持ちは今でも覚えています
いつか授かるのならもっとどっしり構えていられたかもしれないけれど、そういう保証は何もなく、基礎体温を測るたびに不安と期待でいっぱいになり、一喜一憂し、生理予定日が近づくと妊娠か生理かと悶々と考え、ダメなら生理が終わった頃にまた病院に行き…というのがずっと続くわけで、不妊治療をするのは2年間だけにして、もし授からなかったら私には娘ひとりが授けられたんだと思うことにしようと病院からの帰りの道中でおぼろげに考えたのでした

2人目を授かって、でも切迫流産になってしまい、安静にしていた時期があって、つわりの気持ち悪さは不快だったけれど、つわりがあるということは赤ちゃんが元気でいるということだと自分を励まし、でももしダメになってしまったら、だったら妊娠しなければよかったんじゃないか、妊娠できなかった残念さよりも妊娠したのに流産してしまうほうがダメージが大きすぎるとベッドの中で悶々と考えたりしました
その後切迫流産は乗り切ったものの、逆子になったり、週数のわりに胎児が小さい小さいと言われ、いろんな検査をしたけれど原因がわからず、生まれてみないとわからないと言われ、予定日を過ぎても一向に産気づかず、促進剤を投与しての出産で、無事に生まれたものの、思い返すとトラブル続きの妊娠出産だったなと思います

2人目不妊だったことは、親しい友だちにも敢えて話すことはありませんでした
隠すつもりはなく、そういう話になったときにはさらっと話していましたが、「私もそうだったよ」という人がたくさんいてびっくりしました
私のまわりにも不妊に悩んでいる人はたくさんいるんだと思うと、妊娠出産が当たり前のことだとは思えなくなります
かといえば、ぽこぽこ産んでいる人もいて、こんなにも違うものなんだと思い知らされます
妊娠8ヶ月で生まれて亡くなってしまった赤ちゃんもいたし、生まれつき病気でずっと寝たきりだという子もいたし、自分の身に起きなかったのが奇跡としか思えないようなことがまわりで起こっています
子どもを持ったら持ったで、いろんな心配や悩みが出てきて、子どもを持たない人生・結婚しない人生もひとつの生き方だと思うし、そういう人生を送っている人たちを自然に受け入れていると思うのだけど、でももし自分が結婚出産をしていなかったとして、そういう自分の人生を自然に受け入れられただろうかと問われると、自信がないというのが正直なところだと思います

「もうすぐ」には妊娠出産にかかわるさまざまな問題を抱えた人たちが登場します
自分が経験したことでないことも他人事とは思えず、いろいろな思いを馳せながら読みました
今は晩婚化が進み、30代で結婚する人は増えているし、自ずと出産する年齢も上がっています
女性の社会進出が進んでいる今、それは自然な流れなのかもしれません
でも、妊娠適齢期は20代だと言われていて、不妊に悩む人たちは増えているのだと思います
だからと言って先に産んでおこうというわけにいかないのも事実…相手の男性が誰でもいいというわけではないし、子どもがほしいと両方が思わなければならないし、子どもは望まれて生まれてこなければならないと思います
こういう矛盾した状況の中で子どもを産めよ増やせよと言われてもなかなか難しいです
いちばんの原因は、女性の社会進出ではなく、女性が社会的地位を得るために妊娠や出産を犠牲にしなければやっていけないという状態にあるからではないかと思います
イクメンとか主夫という言葉もあるけれど、子どものことはまだまだ女性の仕事というのが今の日本の現実
女性がどれほど負担を抱えているかを想像するのは難しいことではないはずです
子育ては男性も参加して…と言いつつも、実際そうはできない場面は多いし、「一応対策取ってますよ」程度のように思えてしまうことばかり
少子化は必然のように思えます
ただ、いざ子どもがほしいと願ったときに年齢が理由でなかなか授からないというのも切実な問題ですよね
先に子どもだけ…というわけにはいかないものの、「もう少し早く考えていれば」と後悔することにもなるし、ほんと難しいなと思います
だからと言って、例えば医学が進歩して若いときの卵子を保存して…というのが一般的になるのも何か違うような気がするし、極端なことを言ってしまえば、子どもがどんどん減って人間が滅びることになったら、それはそれで運命というか、そうなるべくしてそうなった自然の摂理のような気もしないでもないと思えたりもします
少子化を食い止めるために機械的に出産をするわけにも行かないし、それは個人の希望に任せるしかないし、対策もなかなか取りにくいですよね
妊娠出産子育てしやすい環境を整えるとは言っても、いろいろと難しいところはあるんでしょうし、具体的にどうしたらよいものか私にもよくわからないかな?
男性も子育てに参加するというのも、人によっては思うように動いてくれないから却って迷惑に感じることもある気がするなあ(笑)

などなどとずらずらと書いてしまいましたが、いちばん印象的だったところは、不妊に悩む夫婦の温度差、かな?
私も2人目ができずに悩んだ時期があって、そのときに主人との温度差は感じていて、言うに言えずに悩み、不満に思っていたけれど、男性目線ではこんなふうに感じているのかというのがよくわかりました
私はあのとき、そこまで男性の気持ちをわかっていなかったなと反省もしました
デリケートな問題なんだなと改めて思います

このお話、実は男性が書いています
これには私もびっくりしましたが…こういった男性目線の箇所もあって、男性が書く妊娠出産というのもおもしろいなと思いました
結局のところ、医療裁判はどうなったんだろう?という疑問は残ったけれど、人々が抱えるさまざまな問題や悩みがテーマだったんだなと思います
これを不妊に悩んだ頃に読んだら不安になっただろうな…今だから読めるのかもしれないと思いました

本「暗幕のゲルニカ」原田マハ著

火曜日, 5月 9th, 2017

人に勧められて読んだ本「暗幕のゲルニカ」です

反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの“ゲルニカ”
国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、忽然と姿を消します
大戦前夜のパリと現代のNY、スペインが交錯する、華麗でスリリングな美術小説です

はじめは、なんだか難しそうな話だなと思いました
美術のことはあんまりわからないし、ピカソもゲルニカも知っていたけれど、名前だけを知っている程度だし、特別関心があるというほどでもないし…となかなか読み進められませんでした
でも、ニューヨークの同時多発テロが出てきたあたりからなんだかひとごとではない気がしてきて、現代と過去の話がどう絡み合うのだろうかと続きが気になり始めました

ピカソはすごく有名な画家ですが、それじゃあピカソの何を知っているかというと、その名前と、スペイン出身で、変わった絵を描く人というくらい
「ゲルニカ」が反戦の絵だということは知っていましたが、ただそれだけでした
実は私、「ゲルニカ」を生で見たことがあります
これってすごく貴重な体験だったのだけど…「ゲルニカ」を見てもこれといって何も感じなかったように記憶しています
芸術って「すごい」と絶賛されたりされなかったり、人によっても時代によっても受け入れられるかはまちまちだけど、これだけ絶賛されているピカソの「ゲルニカ」を「すごい」と感じるには、やはり見る側の芸術的感性が必要なんだなと実感
私にはそこまでの知識もセンスもないんだなと思うと、ちょっとがっかりしました
はじめて「ゲルニカ」を見たヨーコは震撼して動けなくなるほどの衝撃を受けますが、一枚の絵がその人の人生を大きく左右するというようなこともあるんだなと感じました

この本を読んでわかったピカソのことがたくさんありました
「ゲルニカ」が描かれるには過程があって、はじめから今の「ゲルニカ」ではなかったこと、愛人ドラ・マーラがその過程を写真に収めていたということ、反戦の絵を描くことだけでナチスに目をつけられるほどの影響力があったことなどなど、「なるほどそうだったのか」と思えることばかりでした
知識がないと読めそうにないと思っていたけれど、この本を読んで知識を得た、という感じです
フィクションもあるけれど、事実に基づいているところも多いので、表紙に印刷された「ゲルニカ」を見ながら、ピカソが「ゲルニカ」の中に何を描いたのかを確認しながら読みました
戦争と芸術がこんなふうに関連しているとは想像もしていなかったので、ただただすごいなと感じました
芸術の力で反戦を訴えたり、強いメッセージを発信したり、そんなことができるなんて、でもそれには発信する側も受け取る側も芸術を感じるだけの器がなくてはならないと思うと、当時のナチスの人たちにもそれだけの器があったということになるのかなと思ったり…

ピカソが亡くなってもなお彼の描いた「ゲルニカ」が偉大な力を発揮し続けているのには驚きます
もし「ゲルニカ」の持つ力で世界平和を願うことができるのなら、ほんとに素晴らしいことだろうなあ
9.11のときにも論争になったけれど、暴力に暴力で対抗していたら、新たな憎しみや悲しみそして犠牲が生まれ、どんどん膨れ上がっていって終わることがないということなんだと思いました
それを理解するのも難しいし、理解したとしても行動に移すのも難しいと思う
人間って目先の利益にとらわれがちだから、大人になっても一国の代表だとしても、利己的な主張をしてしまうんだろうな…

なんだかいろいろと考えさせられた本でした

本「ブルーマーダー」誉田哲也著

水曜日, 2月 8th, 2017

友だちから借りて読んだ「ブルーマーダー」、こういう感じのお話を読むのは初めてだったかも…

池袋の繁華街にある雑居ビルの空き室で、全身二十カ所近くを骨折した暴力団組長の死体が見つかります
さらに半グレ集団のOBと不良中国人が同じ手口で殺害されます
池袋署の刑事・姫川玲子は、裏社会を恐怖で支配する怪物の存在に気づきます
圧倒的な戦闘力で夜の街を震撼させる連続殺人鬼の正体とその目的とは…というお話です

あんまりこういう殺人が繰り広げられるお話は読んだことがなく、なかなか読み進められなかったのだけど、警察のこととか裏社会のこととか「なるほど、そういう感じなのね〜」と学んだことも多く、とても勉強になりました
テレビドラマで刑事がかっちょよく活躍しているシーンとか多いけれど、実際はすごく地道で大変な仕事なんだろうなあ
単なる仕事という範囲を超え、何か自分を突き動かすもの…正義感とかがなければできない仕事なのかもしれません

いわゆるヤクザだけでなく、いろんな裏組織が増えて、裏組織同士でもよくわからなくなっているっていうのはわかる気がしました
オレオレ詐欺とかメールで架空請求するとかクリック詐欺とか、犯罪もIT化してるし、見た目にはそんなことしそうにないような人たちがしれっとやっている犯罪も多くてわかりにくくなっているのかも…
「自分は引っかからない」と思っていても、もしかしたら騙されたことにすら気づかないということもあるんだろうなあ
昔は狙われるべく人がターゲットになっていたのでしょうけど、今は無差別というか、ふつうに暮らしていても犯罪に巻き込まれるケースも増えてきて、私たちもそれなりに学んで知識を持っておく必要な出てきているなと感じます

話が反れましたが…犯罪者もそれなりの理由があって犯罪を起こしているんだなと思いました
犯罪だけでなく、何事にも言えるのかもしれない…そうするだけの理由というものを誰もが抱えているんだろうね
だからと言って何でもやっていいかというのは別の話だけれど、理由を知る・知ろうとするというのはいろんな面において大切なことなんだろうなと思います
いろんな犯罪とか犯人とか見ていて思うことは、やっぱり自己愛が乏しい人が犯罪を犯しやすいってことかな?
幼少期に愛された・大切にされたという経験が乏しいと後々いろんな形で人格に歪みが生じる気がします
となると、親としての責任を感じます

あんまり読んだことのないジャンルの本なので、人を傷つける描写とか殺害する描写とか「うへ〜」と思いながら読みました
殺人事件でニュースでもけっこうやってるけど、人が死ぬってすごいことで、それが殺されるってなると余計すごいことなのに、こういう話読んでると大したことないことのように書かれていて、テレビのドラマとかの影響もあるんだろうけど、そんな簡単に人の命奪っていいもんじゃないんだよ、と言いたくなるわ
あんまり子どもには見せたくないなと思いました

本「母性」湊かなえ著

月曜日, 1月 23rd, 2017

一気にドバッと読んでしまった「母性
この人の作品は読んだ後複雑な気持ちにさせられます

女子高生が自宅の庭で倒れているのが発見されます
母親は言葉を詰まらせ、「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」と言います
世間は大騒ぎ…これは事故か、自殺か
……遡ること十一年前の台風の日、彼女たちを包んだ幸福は、突如奪い去られていました
母の手記と娘の回想が入り混じり、浮かび上がる真相
これは事故か、それとも…
圧倒的に新しい、「母と娘」を巡る物語です

内容もさることながら、読み手を錯乱させるようなトリックがたくさんで、何度も読み返したり、相関図を確認したり、自分が事件の中に引き込まれるような感覚を覚えながら読み進めました
最後の最後まで「むむむ?」と思わせるような展開はほんとすごい

母性とは何か…辞書には「女性特有の、いかにも母らしい性質。女性に備わっている、子供を生み育てる資質」とあるけれど、私がはじめて「これが母性かな」と感じたのは、はじめて妊娠がわかったとき、お腹の子がどんな子なのか、性別も顔も性格もわからないのに、「愛おしい」と感じたとき、こういう感じが「母性」なんじゃないかなと思った記憶があります
母性っていうのは、無条件で自分のこどもを愛するってことのような、そんな気がしていました
そういう意味では、この本に出てくる母親は母性を持っているのだけれど…、母親の影響が強すぎるというか、娘は自己の存在を母親を通して確立しているようなところがあって、「親思いの子」とか「仲のいい母娘」という次元を超えておかしな方にいってしまっているような奇異さがありました
娘の視点からの回顧、その娘の娘からの回顧はあるけれど、母親からの視点の回顧がないので、このお母さんが果たしてどんな気持ちで娘を育てていたのかが見えないのも奇妙な感じ
娘の視点からだと、すごく立派で素敵なお母さんという感じで描かれていますが、身内ばかりを大切にする人だったんじゃないかなと感じるところもいくつかあって、改めて親の子どもへの影響力ってすごいんだなと責任を感じてしまいました

娘はずっと母の娘でいたかった…ただそれだけなのだろうと思います
結婚したのも母が気に入ってくれた人だったからだし、娘が生まれて育てているのも、そうすると母が喜んでくれるからだし、この娘は「母性」を持つことよりも、母から母性を受けることのほうの気持ちが強かったんでしょう
大人になれないのとはちょっと違う気もするし、やることはしっかりやっているけれど、なんだろうこのいやな感じは?
いちばんの犠牲者はその娘の子ですよね
またその子も娘で、これが男の子だったらまた違ったのかもしれないなと思います

こういう話を読むたびに思うのは、子どもの人格形成において母親の愛情をきちんと受けるということがどれほど大切かということ
親目線での愛情ではなく、こどもから見て「自分は愛されているんだ」と感じることがすごく大事なんだなと思い知らされます
これをしたから、こうだから愛してもらえるのではなく、自分の存在そのままが無条件で愛されているということが、自分への自信につながり、何か壁にぶつかっても立ち直っていける自信につながり、人を妬んだり人と比べたりせずに自分を肯定することができるんだろうなあ
そう考えると、母親としてものすごい責任を負っているんだなとプレッシャーにもなるけれど、これってすごく簡単なことでもあり、すごく難しいことでもある気がします
母親自身がその母親からきちんと愛情を受けてきた人にとっては容易いことなんだろうけれど、そうでない人にとっては難しい気がします
母親が夫やその家族から大切にされているということもきっと重要な要素のひとつなんだろうな…

本「ツバキ文具店」小川糸著

土曜日, 1月 14th, 2017

これまたお勧めされて読んだ本「ツバキ文具店

先代の祖母から代書屋を引き継いだ鳩子は、鎌倉で一人暮らしをしています
鳩子の元にはさまざまな代書の依頼がやってきます
いろいろな事情を抱えた人たちの依頼に対し、鳩子は真摯に代書に取り組みます
鎌倉のいろんな美しい情景と、そこに住む人たちのあたたかさ・やさしさを感じるお話です

小川糸さんのお話は、これまでにもいろいろ読んだことがあって、素朴で、食べ物のお話が入っていて、読み終わって「ああいいお話だったなあ」と思うので、今回もかなり期待をして読みましたが、これまで読んだ小川作品の中でもいちばん心に響きました
心から「ああいい本に出会ったな」と感じました

代書屋というと、私のイメージでは例えば賞状や卒業証書、かしこまった招待状の宛名書きなどでした
あまり使われなくなった筆と墨で達筆な文字を書く、という感じです
このお話の中では、そういう依頼もあるけれど、依頼主の気持ちを読み取り、その気持ちに沿った文章と文字を考えて手紙を書くというのが鳩子の仕事で、これはなかなかおもしろいなと思いました
単に字がうまければいいというのではなく、その人に合った字を書き、その人に合った文章を書く、そしてその内容に合った筆記具や封筒・便箋・切手なども選ぶというのが、なんともステキでした
私も相手に合わせて便箋を選んだことはあったけれど、「このペンにはこの紙で」とか「この内容のときにはインクはこの色で」という感じ…それだけ筆記用具の知識と所有が必須なのがかっこいいなと思いました

鳩子がお話の中で実際に書いた手紙がそのまま本に画像として載せられているというのもいい感じです

それから、鳩子の住む鎌倉の情報が満載です
小川さんは鎌倉に仮住まいをしたことがあって、そのときに実際に見たり行ったりしたお店や神社仏閣などがたくさん出てきます
鎌倉というと、中学校の遠足で行ったきりで、鎌倉大仏と鳩サブレーとサザンオールスターズのイメージしかなかったのだけど、何やら魅力ある土地なんだなとわかり、一度行ってみたいなと思わされました

私はわりと書くことは好きで、子どもの頃から当時海外に住んでいた従姉妹とは長いこと文通をしていました
今は文通相手もいないけど、日々の中で何かとメモをすることは多いです
ただ、やっぱりパソコンに向かってタイプして「書く」ということは断然増えてきています
こういうブログも、頭の中で浮かんだことをどんどん文字にできるというスピードは、パソコンにはかなわないわけで、また記録として簡単に残したり消したりもできるし、検索もできるし、よし悪しはあるのでしょうけれど、「よいところ」はきっちり使わせてもらっています
メールやLINEなどもなかなか便利だなと感じています
とは言え、すべてがデータ化するということには抵抗があるのもたしかで、電子書籍などは雑誌ならまだしも、こういった小説などはやっぱり本で読みたいなと思うのだよね
本を読むときに、私はその内容もさることながら、タイトルの字体やカバーのイラストや写真、エンボスなどの加工や使われている紙の材質にも目が止まり、そういうのが楽しいなと思います
単行本も読むけれど、ハードカバーの本にはストーリーだけではない楽しみがあって、そこが本の魅力だなと思う
手紙も同じで、使われている便箋や封筒、その人の文字から感じるものってたくさんあって、どんなに電子化が進んでも決してなくなることはないんじゃないかなと…

ちょうどこの本を読み始めたのが昨年末で、新年に向けて万年筆がほしくなり、あれこれ迷った挙句にお手軽価格の万年筆を購入し、最近はこればかり使っています

万年筆は私が好きな筆記用具で、インクが紙に乗る感じとか書き心地とかがたまらない♪
インクの色は黒にしようかブルーブラックにしようか迷ったけれど、ブルーブラックの方が万年筆っぽい気がしてブルーブラックを選んだのだけど、思っていたよりもブルーで、もうちょい黒いのが私好みなんだけど、まあ悪くはないかなと…
万年筆だときれいに書こうっていう意識が自然に持てる気がします

話がそれましたが…鳩子が抱える先代との関係や出生の秘密は、大人になってからも鳩子の心を大きく占領していて、鳩子が自分の中で静かに苦悩するさまが痛々しかった
心のどこかで、それが先代なりの愛情だったのだ、何か大きな事情があったのだということはわかっていても、心からそう思えるまでには時間も要力もたくさんかかるのだろうなと思います
鳩子のまわりにいる思いやりある人たちが、鳩子の立ち直りをさりげなく支えてくれているのを感じ、人に対して思いやりを持って接することのできる人間になりたいなと思いました
鳩子が鎌倉でしあわせになってほしいと願わずにはいられません

本を読んでしたくなることを「本のギフト」と呼ぶらしいのですが、この本はギフトがたくさんでした
誰かに手紙を書きたい
ステキな文房具を選びたい
鎌倉を散策してみたい
誰かのためにしあわせを祈りたい
もう一度書道を習いたい

ひとつずつ実践してみたいと思っています