東電の作業員が被曝ー東日本大震災ー

東京電力福島第一原子力発電所3号機のタービン建屋内で作業員3人の被曝したニュースを聞き、こんなに緊迫した事態に何をやっているのかと憤りを覚えました

はじめは東京電力側がタービン建屋内の放射能量をきちんと確認していなかったとのことでしたが、実は通常時に比べて異常に高い放射線量があることを確認しながら、東電は作業員に注意喚起をしていなかったことがわかり、「どういうこっちゃねん!」という思いです

実は、いつだったか…まだ原発事故が一段落していなかったときに、中日新聞に福島原発の作業員の記事が載っていました

地鳴りのような音がした、立っていられないほどの揺れがきたのは、1号機地下1階にいた時、原子炉からタービンにつながる 配管の点検中。直後に照明が消え周囲は真っ暗。現場監督が「落ち着いて」と声を張り上げたが、そんな余裕はなかった。「ブー、ブー」とけたたましい警告 音。現場にいた40人ほどが、せきたてられるように出口に殺到。「早くしろ、早く」。怒鳴り声に押されるように同僚2人と扉を通り抜けようとしたが、突然 ピシャリとしまった。懐中電灯もなく、閉じ込められるかと怖くて仕方なかった。何とか扉を開放してもらい脱出。原発敷地内の高台まで全力疾走。目に飛び込 んできたのは、めくれ上がった道路、めちゃくちゃになった事務所。事務所前で解散後、大渋滞を抜けて自宅にたどり着いたのは午後8時ごろ。家族(妻と一人 娘)に再会。

翌日、テレビが衝撃的な映像を映す。昨日まで自分がいた1号機の爆発。「血の気が引きました。あんなに安全だって教え込まれていたのに」。漠然と信じていた安全神話が崩壊した。

福島県内の自動車部品工場で働いていた作業員は、3年前のリーマンショックで仕事をなくし、たどり着いたのが東電の下で原発の保守点検をする会社。 現場で実感したのは下請けまかせの原発の実態だ。実際に機械をばらして傷み具合を確認するのは末端の作業員。東電の社員は書類にサインしにくるだけ。だか ら、えらい人ほど現場を知らず、発表される情報も信じられない。一家で母のいる名古屋へ逃げることを決めた。

名古屋についた14日、元受け会社から携帯に電話。「福島で仕事があるんだけど。いま、どこ?」。事故対応の危険な作業をやらされるに決まっていると、先を聞く前に断る。

作業員は言う。「作業員や周辺住民のためにも、東電や政府には正確な情報を、できるだけ早く明らかにしてほしい」。

この記事を読んだとき、東電の管理体制はどうなのだろうか…という疑問も覚えたのですが、この話をそのままそっくり受け止めてしまうのはどうなのだろうという思いでした
事故のあった原発で一生懸命頑張っている人たちがいることに大きな感謝と申し訳なさを感じていた私としては、会社に連絡することもなく名古屋に来てしまっ たこの作業員の行為は当然だという思いもありながらも、事故後も現場で奮闘している人と比べてあまりにも温度差があるように感じました
この作業員は東電の社員ではなく、下請け会社の社員で、しかもリーマンショックで失業して辿り着いた東電での仕事なわけで、言ってみれば本当にやりたくて やっている仕事というわけではなかったのではなさそうだと思ったし、下請け会社として東電に日頃から不満があるような印象を受けました
知り合いがアウトソーシングの会社に所属していて、大手企業で働いているのですが、正社員のことをあまりよく言っていなかったことを思い出します
「あいつらは俺たちのことを人とは思っていない」「仕事なんてしないで何でも俺たちにやらせる」などなど…です
聞いていてひどいなあとは思ったものの、そういうことはどの会社でも多少なりともあることだと思ったし、大手企業と下請け会社ともなれば、そこに優越感や 劣等感なども生じてしまうのだろうとも思ったし、この作業員も東電の正社員に劣等感を感じたが故にこのような不満が生じたところもあるのかもしれないと思 いました
それに実名を出し、写真まで掲載してこのようなことをマスコミにしゃべってしまうことに対し、「うーん…」という思いもありました
一家で母のいる名古屋に逃げて来たとありますが、実質的に東電で仕事らしい仕事はしばらくできないにしても、下請け会社には所属している状態で、それなのにそれをほおってきてしまうというのは、一社会人としてどうなのかとも思いました
それらの思いがあって、この記事を読んだ段階では東電のずさんさや甘さを感じるまでには至らず、むしろ事故後も原発で奮闘している東電の社員たちのことが心配でした

それが、今回の作業員の被曝の話を聞いて、少しずつ気持ちが揺れてきました
被爆したのが東電の協力会社の作業員だったことや、東電の社員が作業に立ち会っていなかったことなどを知ると、東電の管理体制に疑問を覚えずにはいられません
事故後も原発で作業を続けている人たちのことを「Fukushima 50」と呼び、賞賛する声もありますが、この50人のうち、東電の社員は何人いるのか、実際に危険な作業をやっているのは東電の社員ではなく、協力会社の 社員ばかりなのかもしれない…などという思いが浮かんできます

今回の被曝事故は、建屋内に水がたまっていて、その水には高濃度の放射性物質が含まれている危険性があったのに、作業員は足が水に浸かった状態で作業をしていたということが信じられません
原発の事故が起こって以来、ニュースなどを聞いていれば、放射能の知識があまりない一般の人たちでも放射能の危険性を頭で意識するようになっていると思うのですが、そのにわか知識だけでも体が水に浸かるということは危険なのではないか…と感じるのではないかと思います
でも、作業員は作業を続けていたわけで、東電の協力会社の作業員を含む原発で働いている人たちに対して、放射能に関する教育がきちんと行なわれていたのかが疑問です
新聞記事の作業員曰く、「安全だ」と教え込まれていたようですが、放射能の恐ろしさはまったく伝えられていなかったのでしょうか
教わらなくとも日本は広島と長崎に原爆が落とされた被曝国で、知識としてはなくても恐ろしいものだという感覚は日本人なら誰しもが持っているものだと思っていたのですが、そうではなかったことに驚きを覚えます

話は少し反れますが、アウトソーシングの会社が蔓延していることにも懸念を感じます
下請け会社だったり、協力会社だったり、派遣社員だったりすると、その企業に対しての愛社精神や「この会社をよりよくしていこう」といった思いが抱かれることはなくなってしまいますよね
この作業員だってどう見ても東電に対して、福島第一原子力発電所に対して、「愛社精神」のようなものがあったとは感じられないし、単に「生きていくため、収入を得るための手段」でしかないように思います
そういう冷めた思いで仕事をしている人たちが大勢いるのだと思うと、いくら経営の効率化がうまく行ってもいいものは何も生まれないのではないかと思ってしまいます

とにかくこれ以上被害が拡大しないことを祈るばかりです

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