被災地でのモラルー東日本大震災ー

東日本大震災のニュースは海外でも大きく取り上げられたようですが、中でもこのような大きな災害が起こったにもかかわらず、暴動や略奪が起こらないことに対する称賛の声が特徴的だったと思います
たしか阪神大震災が起こったときにもそのようなことが海外メディアにより伝えられていた気がします

このような報道を聞いて、私には「そうなのかな?」という思いと、日本人であることを誇りに思う気持ちとがありました

「そうなのかな?」と思ったのは、なぜ暴動や略奪が起こらないかに対する海外メディアなりの説明に対してです
NYタイムズでは
「商店の襲撃や救援物資の奪い合いが見られず、市民が苦境に耐えていたことに感嘆」
「日本の人々には真に高貴な忍耐力と克己心がある」

BBCワールドニュースでは
「他の国ではこんなに正しい行動はとれないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある」

と言った感じでした

一人の日本人として、「日本人は忍耐力や克己心があるなあ」と感じることってあんまりないので、そんなふうに言われてもあまりピンと来なかったのですが、日本人全体から感じられる気質にはそういうものがあるのかもしれません
日本の中にいるからわからないことで、外から見るとよくわかることってありますよね…そんな感じなのでしょうか

日本人は「自分の意見をはっきり言わない」とか「何を考えているかわからない」とか「いつも他人と同じ行動をする」とか言われることがあり、私もそれは「たしかにそうだなあ」と感じることがありました
私はそういう部分は日本人の短所だと思っていたし、そういう日本人的なところはあまり好きではなかったし、自分はそうはありたくないという思いもありました
たぶん、4年間海外で過ごしたことが大きかったんだと思います
でも、今回の大震災での日本人への称賛の声を聞き、日本人の「自分の意見をはっきり言わない」とか「何を考えているかわからない」とか「いつも他人と同じ 行動をする」とかいった行動と、大震災で暴動や略奪が起こらず、人々が冷静に行動していることは同じ要素を含んでいるのではないかな…と思いました

日本人がなぜ自分の意見をはっきり言わないか…それは他の人の意見を思いやる気持ちがあるが故だと思います
自分はこうしたいけど、自分はこう思うけど、でも他の人はそうは思わないかもしれない…私が自分の意見を主張したら自分の意見を言えなくなってしまう人がいるんじゃないか…そんな心理が働いて日本人は自分の意見をはっきり言わないのだと思います
災害で起こる暴動や略奪は他の人を思いやる気持ちよりも自分のことばかりを考える気持ちのほうが強くなって起こることですし、日本人にはこのような大災害 にあっても他の人を思いやる気持ち…つまり「たいへんなのは自分だけじゃないんだ」ということに気づき、感じることができるからなのではないかと思いまし た

そんなふうに考えると、今まで私が日本人のマイナス面だと思っていたところも、見方を変えれば長所なのだと思えるし、そういう他人を思いやることのできる日本人の性格を誇りに思います
私は実際に災害に遭ったわけではないし、実際どのような行動を自分がするのかなかなか想像できませんが、何をするにも自分のことよりもまわりのことが気になるだろうし、自分のためだけの行動をするときはどこか後ろめたい気持ちになるのではないかと思います

海外に住んでいたとき、こんなことがありました
日本人ばかりの中に一人他の国の友だちがいると、日本人は決して日本語をしゃべろうとせず、その友だちも理解できる英語で話します
でも、他の国の人ばかりの中に一人日本人がいるとき、たった一人の日本人を思いやって英語で話そうなんてことは起こりませんでした
他の国の人たちは言葉がわからずに楽しめないでいる人がいるなんてことに全然気づいていないみたいで、「具合でも悪いの?」「ずいぶんおとなしいのね」なんて言ったりする(笑)
この感覚のほうが私たち日本人には理解できないですよね

日本人はもっと自信を持ってもいいんじゃないかなあと思います
平和ボケしているなんて言われるけど、平和なのが当たり前の国なんてステキです
いつでもどこでもスリに気をつけるのが国際的常識なんていうけど、そういった犯罪が起こることが当たり前だと思うほうがやっぱりおかしいと思います
日本を、日本人を、私は心から誇りに思えるようになりたい…そう思いました

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