本「天国からはじまる物語」ガブリエル・セヴィン著

実家にあった本です

もうすぐ16歳になるリズは、車のひき逃げ事故に遭い、死んでしまいます
気づくと、リズは大きな船に乗っていて、地 上での人生を終えた人が暮らす地「Elsewhere」に辿り着きます
そこは、人が時間をさかのぼる世界…つまり、1年ごとに1歳ずつ若返っていき、再びもとの世界へ赤ちゃんになって帰って行くまで暮らす場所でした
これ以上大人になることができないリズは、自分の若すぎる死を受け入れられず、新生活にもなじめずに過ごします
それでもあたたかな人たちに囲まれ、支えられ、徐々に心を開いていく…というお話です

この本を読んだのはだいぶ前で、そのときには何だか死に対して恐怖や不安だけでなく、希望や期待を感じた記憶があります
もし私が死んだら、誰が迎えに来てくれるんだろう…
まだ一度も会ったことのない母方の祖父に会いたいなあ…でもきっとおじいちゃんは今の私よりも若くなってるんだろうなあ…などなどと想像し、死ぬのがちょっと楽しみになったような、そんな気がしました

でも、今年の3月に友人を不慮の事故で亡くし、死についていろいろ考えているうちにこの本のことを思い出し、もし彼が死んだ後この「Elsewhere」に辿り着いたら、きっとものすごく苦しくて辛い日々を送ることになるのではないかと思い、死んでもなお苦しまねばならないであろうことがひどくかわいそうに思えて、死後に過ごす世界があるという想像があまりにも軽々しいものに思えてきました
友人は残して来た家族・友人のことを思うと、胸を痛めて「Elsewhere」で過ごすことになるのではないか…自分のちょっとしたミスで死んでしまったことを後悔しつづけるのではないか…と思えたからです
一体どんなお話だったのか、もう一度読み返してみようと思い、再び手に取りました

ひととおり読み終えて、主人公のリズもまた、自分が15才という若さで亡くなったことを受け入れられず、これまでの世界にしがみついて生きているというお話だったことに気づきました
15才で死ぬって、やっぱり辛いことだと思います
まだまだ自己中心的にものを考える年だから、友だちに会えなくなっちゃったとか、もう恋ができない、結婚もできないんだとか、そういう絶望感みたいなのがたくさんで、とてもじゃないけど前向きにはなれないんじゃないかな?

でも、もし今の私の年だったらどうかしら?
もし今私が死んでしまったら、いちばんはやっぱり残される子どもたちのことが何よりも気がかりになると思います
「Elsewhere」で楽しくなんて暮らせないし、若返って行くことにうれしさを見出すこともないはず…
自分の死を受け入れることはやっぱり難しいと思います

もし自分が80才とか90才とかになってから、病気で亡くなったとしたら、この「Elsewhere」での生活は有意義なものになるかもしれません
先に死んでしまった家族や友人と再会し、だんだん若返って足腰も強くなって、前向きに過ごせるのではないかしら?
これからやってくる自分の家族を迎え入れるのもひとつの楽しみになるだろうし、自分が本当にしたかったことを仕事にして第二の人生を穏やかに過ごせそうな気がします
でも、20代くらいまで若返るのはいいかも知れないけど、10代を過ぎると、体も小さくなって力も弱くなって、自分のことを自分でできなくなってしまうわけだし、これって年をとって体が利かなくなるのと似たような状態だし、これ以上は若返ることにうれしさを見出せなくなるような気がします
赤ちゃんになって「Elsewhere」を去ることはこの世で死を迎えるのと同じなんじゃないかなあ…とも思いました

「Elsewhere」は死んだ人すべてが辿り着く場所だとすると、例えば無理心中をした家族などはどうなるのかしら?
「Elsewhere」で今度は幸せに暮らす…なんてわけには行かないケースも出てくるはずです
殺人で死んでしまった人は?
殺されて、殺した犯人も自殺で死んでしまったら、その2人が「Elsewhere」で再会してしまうなんてこともあるのでしょうか
「Elsewhere」に辿り着いても誰も身寄りのない人だっているだろうし、そういう人はどこで暮らすことになるのか…
一回目に読んだときには思いつかなかった疑問がいくつも浮かび上がって来ました

もし私が「Elsewhere」に辿り着いたら、母方の祖父に会いたいって思っていたけれど、実際に会ったこともない人だし、一緒に暮らすわけには行かないなと思うんですよね
おじいちゃんはきっと私に会えてうれしく思ってくれるはず…だから私も会いには行くと思うし、いろいろ話してみたいこともあるけれど、生前会っていないと家族というよりも友人に近い存在になるのかもしれません
となると、私を迎えに来てくれる人はいないんじゃないかしら?
昨年亡くなった義父は顔を出してはくれるだろうけど、やっぱり一緒には暮らさないだろうなあ…などなどと考えると、きっと私は「Elsewhere」で一人で暮らして、これからやってくるであろう家族や友人を迎え入れる立場になるんだろうなと思います

ひととおり思いを巡らせた後で行き着いた答えは、やっぱりこういう物語は大切な人を亡くして残された人たちのためのものであるということ
この世からは消えてしまったけれど、「Elsewhere」で元気に暮らしているんだと思わせてくれるためのものであると思うのですよね
実際に死んでもなお「Elsewhere」で生き続け、苦しみ続けなければならないということは、やっぱり酷なことだと思います
死んだらみんないい人ってわけじゃないし、いやな人も悪い人もいるはずだし、100%穏やかに平和に楽しく暮らせるっていうわけには行かないはずだもの…
例え自分の死を受け入れることができたとしても、この世と同じようないざこざが起こらないとは限らないし、死後に大切な人との再会が待っているっていう想像は本当にすてきだけれど、やっぱり苦しみや悲しみは死を以て解放されなくちゃいけないんじゃないかなあ…と思うのですよね

ただ、ひとつのお話としてはとてもよかったなと思います
リズがお父さんの誕生日プレゼントに買っておいたセーターをどうしても渡したいという気持ちは本当に胸を打ちました
死って突然訪れるものだから、どうしても伝えたかったことが伝えられないままになってしまうこともたくさんあると思います
死んでも死に切れないっていうか、心残りっていうか、そういうものは差し障りのない程度に叶えてあげたい…そう思います

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