人質解放のこと

このところずっと大きなニュースになっているイスラム国に人質として囚われている後藤さんのことは私もかなり気がかりです

人質をとって要求を突きつけるやり方はフェアじゃないし、一方的すぎるし、何より人の命を盾にとるのはいちばん卑怯だなと思うのだけど、イスラム国の人たちって自爆テロをしたり、自分自身の命を犠牲にしてでもやってやろうっていうハードコアなところがあるから、彼らにとっては人の命が何よりも大切っていうわけじゃないのかもしれないなあと思ったりもします

すでに殺害されてしまったであろう湯川さんのことはもう話題に上らなくなっているのも「うーん」と思う
殺害されてしまってからではなすすべがないのだろうし、まだ生きているであろう後藤さんの解放を優先するのは当然だとは思うけど、湯川さんのご家族はどんな心境なのかと思うと、ちょっと心が痛くなります

ヨルダン人パイロットと後藤さんとどちらの救出を優先するかで議論にもなっていて、同じ人の命なのに優先順位をつけねばならないことにも複雑な気持ちになるし、でもヨルダンとしてはやっぱり譲れないだろうなとも思うし…

アメリカはテロリストとの交渉に乗ること自体に批判的で、私はそれも一理あるとは思うのだよね
こんなことをしていたら、イスラム国はますます人質を盾にあれこれ要求してくるだろうし、「人質を立てても要求は通らない」の一点張りで行けるのなら、イスラム国も行き詰るはず
でも、それじゃあ人質の命が犠牲になってもいいのかと問われると、やっぱり人間として何もせずにいることはできないし、そこがイスラム国が人質を立てる理由でイスラム国の思惑通りにつけ込まれているってことなんだけど、どうにかして助けたい・助けなくちゃっていう気持ちになるのは当然だとも思います

イスラム国やヨルダンと水面下で交渉が続いているのだろうけれど、なかなか情報として入ってこないのは不安を感じるし、でも逐一状況を説明することもできないのもわかるし…
それでもなんとかして情報を得ようとマスコミがあれこれインタビューしたり、ワイドショーなどで状況を予測したり、それも必要なのかもしれないけど、情報が錯綜してしまったり、せっかくの交渉がマスコミの介入によって良からぬ方向へ行きはしないかと心配になったりもします

イスラム国のやっていることはどう見ても感心しないけど、どうしてここまでになってしまったのかを考えると、アメリカだってかなり関わっているはずだし、一方的にイスラム国が悪いとも言えないんじゃないかなあ…まあ今言うべきことじゃないのだろうけど

でも、何よりも私の心に引っかかっているのは、後藤さんが解放された後のこと
以前中東で日本人3人が拘束され、のちに解放されたとき、日本国内で3人に対する批判・非難がものすごかった
「行くなと言われている危険なところに行って多くの人に迷惑をかけた」ことに対する批判は、他の国の人には理解できないことみたいで、海外の友だちに「日本人はどうしてあんなふうに批判するんだ?解放されて無事帰ってきた…それでいいじゃないか」と言われたことがありました
日本人は「すまない」という気持ちと「ありがとう」という気持ちの境目があいまいなだけに、「助けてくれてありがとう」と感謝の気持ちを表すだけでは不十分だと思うのかもしれません
後藤さんは使命感と覚悟を持ってシリアに入ったのだろうけど、自己責任だけでは済まされない事態になってしまって、「どんな理由があるにせよ、やっぱり行かないほうがよかったんじゃないか」という気持ちは私にもあります
ただ、批判・非難する気持ちよりも「無事に解放されてよかった」という気持ちのほうをより強く感じられる人間でありたい、かな?

まだ事態は先が見えず、不安と焦りばかりが募っているけれど、なんとかいい方向に行ってほしいです

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