桜と小舟

清洲城近くの桜
昨日よりもさらに咲いて、ところどころ花吹雪
偶然小舟の方に出会った
小舟と桜と清洲城がステキ♪
小舟の主は商工会の人?市役所の人?それとも一般の方?
声をかけると番傘を開いてくれます♪

〜70才、できるか?〜 田村智子ピアノリサイタル

私が子どもの頃にお世話になった先生がピアノリサイタルを開きました
残念ながら会場に見に行けなかったのだけど、リサイタルの動画を作ってくれました
私はあんまりいい生徒ではなく、ピアノのレッスンが好きになれず、なんとか盛り上げようとする先生の熱意とパワーに気後れするところもあって途中でやめてしまったけれど、大人になってからやっと先生のピアノへの思いやひたむきな姿勢、人への関わり方など、温かさにあふれていると気づき、リサイタルは涙なしには見られない本当にステキなものでした
最終曲の「ダニーボーイ」は私も大好きな曲
昨年父が亡くなったと連絡を受けたとき、少なからず動揺して、気持ちを沈めるため&弔いの気持ちで弾いたのはこの曲
聴くといろんなことが思い出されます
「ダニーボーイ」は特に聞いてほしい!!

2022年スタート

新年…清らかな心と家で迎えたかったが、極寒の大晦日に自転車でスーパーに買い物に出かけたのがいけなかったのか、体調不良になり、夕食も食べず早々に就寝し、年越し

早朝ひとりで年越しそばを食べる虚しさったらない

9:00すぎにわらわらと起きてきた家族と共におせちを囲んでお正月

今年はローストポーク、筑前煮、紅白なます、だし巻き玉子、お雑煮を作成
後半は私がダウンし、娘が1人仕上げてくれた
健康第一をモットーに新年スタート

父、亡くなる

昨日の朝、弟から電話があり、父が亡くなったとのこと
そんな兆候もなかったので、びっくり
昨日実家に帰ってきた

父は居間の座卓に突っ伏した姿で亡くなっていたらしく、昨日の朝母が気づいて救急車を呼び、警察が来たり検死を行ったりとたいへんだったとのこと
一緒に暮らしている弟たちもかなりテンパっていたらしく、私が実家に行くとそのときのようすなどをみんなが話してきて、自分の中に収めておけないようだった

昨年末、父から京都のニシダヤのしば漬けと泉門天のギョウザを注文してほしいと頼まれ、ネットで注文して、年明けにしば漬けは届いたのにギョウザが一向に届かないと先週末母から電話をもらったので問い合わせると、クレジットカード決済にしたつもりが銀行前振込になっていて、注文取消しになってしまっていた
それで今週月曜日に注文し直し、注文したのでそのうち届く旨を電話で伝え、昨日実家にギョウザが届いたのだけど、警察やら検死やらとバタバタと人が出入りしていたのがやっと終わった、というところに届いたとのこと
ギョウザは間に合わず…亡くなった日に届くなんて、なんというタイミング
大好きだった泉門天のギョウザを最後に食べさせてあげられなかったのが悔やまれる

急なことでびっくりしたけど、死というものは突然訪れるのだと実感
寝込んだり、長いこと入院したり、カウントダウンされるみたいに弱っていくのではなく、突然亡くなったことは、もしかしたらよかったのかもしれない、とも思ったり…
子供たちが独り立ちするまで生きてくれたことに感謝、自分が親を亡くす年齢になったことを実感している
父が食べられなかったギョウザ、私がおいしくいただくとしよう

父が亡くなったと連絡を受けた朝、びっくりして落ち着かなくて、遠く離れていて何もできないでいることがもどかしくて、気持ちを落ち着かせるため、父の死を悼むため、ピアノで「ダニーボーイ」を弾いた
自然と涙が出てきた
いつか人は死ぬものだとわかっていても、怖いし悲しいし、不安になる
そういうのをたくさんの人が経験して、実際に死んでいく
私もいつかそうなる、と思いつつまだ実感はない
人はなんのために生きているのだろう、と考えてしまう

実家では片付けやさまざまな準備など、やることがたくさん
コロナ禍での通夜葬儀なので、考慮しなくちゃならないこともたくさんありそう
微力ながら力になりたい

2021年スタート

去年は新型コロナで季節の行事もことごとく中止になり、お出かけも控えめで、師走に入ってからも年末という気がせず、大掃除も年賀状も手をつけずに年を越してしまった
が…新年を迎えてから、こういうときだからこそ敢えてしっかり季節の行事をやるべきなのかなと思い立ち、遅ればせながら年賀状を書いている
「年賀状だけのお付き合いしかしていないのだから」ではなく、「年に一度近況を知らせるよい機会」と捉えるとずいぶん気持ちも変わってくる
子どもたちの学校が始まったら大掃除もしようかなぁと思ってる…思っているだけで終わるかも