父、亡くなる

昨日の朝、弟から電話があり、父が亡くなったとのこと
そんな兆候もなかったので、びっくり
昨日実家に帰ってきた

父は居間の座卓に突っ伏した姿で亡くなっていたらしく、昨日の朝母が気づいて救急車を呼び、警察が来たり検死を行ったりとたいへんだったとのこと
一緒に暮らしている弟たちもかなりテンパっていたらしく、私が実家に行くとそのときのようすなどをみんなが話してきて、自分の中に収めておけないようだった

昨年末、父から京都のニシダヤのしば漬けと泉門天のギョウザを注文してほしいと頼まれ、ネットで注文して、年明けにしば漬けは届いたのにギョウザが一向に届かないと先週末母から電話をもらったので問い合わせると、クレジットカード決済にしたつもりが銀行前振込になっていて、注文取消しになってしまっていた
それで今週月曜日に注文し直し、注文したのでそのうち届く旨を電話で伝え、昨日実家にギョウザが届いたのだけど、警察やら検死やらとバタバタと人が出入りしていたのがやっと終わった、というところに届いたとのこと
ギョウザは間に合わず…亡くなった日に届くなんて、なんというタイミング
大好きだった泉門天のギョウザを最後に食べさせてあげられなかったのが悔やまれる

急なことでびっくりしたけど、死というものは突然訪れるのだと実感
寝込んだり、長いこと入院したり、カウントダウンされるみたいに弱っていくのではなく、突然亡くなったことは、もしかしたらよかったのかもしれない、とも思ったり…
子供たちが独り立ちするまで生きてくれたことに感謝、自分が親を亡くす年齢になったことを実感している
父が食べられなかったギョウザ、私がおいしくいただくとしよう

父が亡くなったと連絡を受けた朝、びっくりして落ち着かなくて、遠く離れていて何もできないでいることがもどかしくて、気持ちを落ち着かせるため、父の死を悼むため、ピアノで「ダニーボーイ」を弾いた
自然と涙が出てきた
いつか人は死ぬものだとわかっていても、怖いし悲しいし、不安になる
そういうのをたくさんの人が経験して、実際に死んでいく
私もいつかそうなる、と思いつつまだ実感はない
人はなんのために生きているのだろう、と考えてしまう

実家では片付けやさまざまな準備など、やることがたくさん
コロナ禍での通夜葬儀なので、考慮しなくちゃならないこともたくさんありそう
微力ながら力になりたい